入学早々に“同棲”報道も…「広末涼子容疑者」お騒がせ芸能人の原点“早稲田大入学”騒動を振り返る
早大合格の悪影響
スポーツ報知は1998年7月21日、「広末涼子が早稲田大学に自己推薦制度で入学」との記事を掲載。報知は「早大で『教育学部に裏口入学する』との噂が飛び交っている」と伝え、キャンパスには「裏口入学を阻止せよ」との立て看板が設置されたと報じた。
噂はかなり正確だったと証明したのは日刊スポーツだった。11月19日に「広末涼子 『仕事と違う世界持ちたい』早大受験を決意 自己推薦制度を利用」との記事を掲載した。見出しにある通り、広末容疑者が自己推薦制度を利用し、早大の教育学部を受験すると報道したのだ。
なぜ早大生は、それなりに信憑性のある情報を7月の段階で把握していたのか。現在では早大の関係者が「広末の入学が決まった」と、入試の数か月前から周囲に明かしていたことが明らかになっている(註1)。
広末容疑者は11月22日に教育学部の自己推薦入試を受験し、25日に国語国文学科に合格した。広末容疑者は混乱を避けるため高校に登校したが、テレビ局は合格発表を生中継するなど力を入れて報じた。
ところが、「アイドルとして絶頂だったのは推薦入試前であり、早大合格は同世代のファンに悪い印象を与えた」と指摘したのはコラムニストの中森明夫氏だ。
1年生の5月で留年決定
中森氏は2024年11月にサンデー毎日にコラムを寄稿。その中で広末容疑者が早大に合格した翌年の1999年2月から全国ツアーをスタートさせたことに注目した。
何しろ2月と言えば、全国の大学で入試が実施される重要な時期だ。受験生の緊張と不安は頂点に達している。
一方、推薦入試で合格した広末容疑者は東京、名古屋、大阪などの大都市でアリーナツアーを敢行した。中森氏はコラムで《同世代の受験生たちを完全に敵に廻してしまった》と指摘したが、頷く人は非常に多いだろう。
広末容疑者の早大進学を巡っては、自己推薦入試という制度も問題視された。筆記試験で教育学部に合格していたら全く違う評価になっただろう。推薦入試に不正は全くなかったとしても、やはり「裏口入学」という疑いの視線は避けられない。入学前から広末容疑者に対する毀誉褒貶が渦巻いていたわけだが、入学してからの行動も理解に苦しむものだった。
「何しろ4月1日の入学式、3日の学部入学式、5日の第1次課目登録を次々に欠席、全く大学に姿を見せなかったのです。15日からは講義も始まりましたが、それでも広末容疑者は登校しませんでした。あっという間に早大生の間では“広末休学説”が乱れ飛んだのです。5月30日、広末容疑者は都内で開かれたファッションショーに出演し、その後に報道陣の取材を受けました。『早く大学に行きたいです』と意欲を見せましたが、全く出席していないため、何と5月末の時点で4年での卒業は無理だと判明したのです」(同・記者)
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