「頭から離れなかった“妙な歌”の正体は…」 小説家・須藤アンナが父から聞かされた“衝撃の事実”
謎の「工場の煙ソング」
2024年「グッナイ・ナタリー・クローバー」で第37回小説すばる新人賞を受賞した小説家の須藤アンナさん。彼女が小学生時代に口ずさんでいた、どこで聞いたか分からない、だけどどうしてか忘れられないとあるメロディーの正体は……。
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自発的に聴いたことなど一度もないのに、ふとした瞬間にメロディーを鼻歌で奏でてしまう曲というものがある。お店で流れていたとか、友達がカラオケで歌っていたとか、いつ聴いたか分からず、曖昧かつ部分的にしか記憶していない状況では、大本にたどり着くのは困難を極める。
小学生時代、私はよく「工場の煙 火の粉がパチパチ」というまったく情緒を感じさせない謎の歌を口ずさんでいた。そりゃ煙が出るような工場なら火の粉も飛んでいるだろうとは思いつつ、何を言いたい歌なのかは子供心にサッパリであった。童謡染みた歌詞に、おそらく「だんご3兄弟」の仲間だろうと、雑に見当をつけていた。
工場の~はサビの歌詞なので、その前のくだりさえ判明すれば、意味を解き明かせそうだった。実は大変な物語を経た上で工場が炎に包まれるという、壮大さと寂寞感を空想してもみたが、「火の粉がパチパチ」のいい加減な陽気さで、繊細な情景はたちまちノックアウトされた。こうして工場の煙ソングは、解き明かせない謎として私の中でくすぶり続けた。
父の運転する車の中であっさりと解明された謎
謎は小3のある日、父の運転する車の中であっさりと解明された。父がロックバンドDeep Purpleの曲をかけ、私は運命の再会を果たしたのだ。
「Smoke on the water(a fire in the sky)」
おおう、なんてこったい。
歌詞は英語だったが、そのリズムは間違いなく、わが工場の煙であった。
「これ日本語のもあるよねっ!」
私は興奮を抑えきれず父に尋ねた。英語版が作られるほどの人気曲なのだと、無知ゆえに感動してすらいた。
「ああ、『深紫伝説』な」
手早くCDを替える父。私は固唾(かたず)をのんで再生を待ち、そして流れてきたのは……日本語の妙な歌だった。
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