小出監督に声をかけられてから11年 “気持ちに火がつかなかった”「鈴木博美」を心変わりさせた出来事とは(小林信也)
歌を歌う余裕も
突然、心変わりしたのは、95年イエーテボリ世界陸上の1万メートルを走った直後だ。
「8位には入ったけど1万では世界と勝負できないと分かった。最後はマラソンで決着をつけなきゃ、と思ったんです」
帰国後、佐倉の寮で小出に気持ちを伝えた。すると、
「そうかマラソンやるか! 鈴木、マラソンでオリンピック目指すか!」
小出は何度もうれしそうに言った。すでに27歳。小出に声をかけられてから11年後の目覚めだった。
翌96年アトランタ五輪のマラソン選考では外れたが、97年アテネ世界陸上で代表に選ばれた。世界陸上までの練習は、それまでの競技人生で一番集中し、競技に向き合うことができた。
「スタートラインに立った時、清々しい気持ち、特別な喜びが湧き上がりました。マラソンでここまで来られた。しかもマラソン発祥の地アテネで走れる。暑さもまったく感じませんでした。走りながら頭の中で歌を歌う余裕さえありました」
レースの録画を見ると、終盤独走しながら博美は笑っている。満たされた表情、軽快な走り。2時間29分48秒での優勝。酷暑のレースを博美は涼しい顔で走り抜け、きっちりと決着をつけた。
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