息子は引きこもり、娘は万引きして補導…家庭からの逃避で、20歳年下女性と不倫に走った49歳夫がいま、逡巡している理由

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家庭から逃避

 もう、何もかもおかしくなってしまった。そう思ったとき目の前にいたのは職場の莉央さんだった。20歳年下の彼女が25歳のときに関係が始まった。彼の息子がひきこもり始めて数年たったころだ。すべてが混沌としていて先が見えなかった。

「彼女が光に見えてしまった。妻とは話し合いながら生活していたけど、言い負かされるほうが多かったし、僕も仕事ならアイデアが出るのに、子どもたちのことではノーアイデア。結局、妻が自分のやりたいようにやるのを見るしかない。でも妻のやり方がまずかったのだから、こうなっているんじゃないのかとはよく言いました。すると『あなたは子育てに関与してない』と一刀両断。関与したつもりだったけど、妻が言うには『あくまで“つもり”よ』と。そう言われるとどうしようもないですもんね」

 その点、莉央さんは彼に何の指図もしない。彼の仕事を純粋に褒めてくれた。褒める以上に崇めてさえいるようなところもあった。彼女には学生時代からつきあっていて結婚を約束した恋人がいたのだが、「うまくいってないんです」と上目遣いに相談された。そんな彼女に彼はドギマギしたという。

「ほとんど恋愛をせずに結婚してしまったから、僕なんか彼女から見ると赤子の手をひねるようなものだったかもしれない。莉央は意外と平気で浮気をするようなタイプだったみたいです。『彼といてもつまらないんです』と言うから、じゃあ、僕とつきあってみるかと慣れない冗談を言ったら、『ごはん連れて行ってください』と。そうやって徐々に近づいてきて、僕が我慢できずにホテルに誘ったという感じですね」

 彼は「年甲斐もなく」本気になってしまった。今思えば、家庭からの逃避だったのかもしれないが、そのときは「これが恋というものだ」と信じていた。それでも家庭を捨てる勇気は出なかった。

「家に帰るのが遅くなりました。でも妻は何も言わなかった。一度だけ朝帰りしたことがあったんです。莉央の家にいて寝入ってしまった。深夜に目が覚めたんだけど、帰る気がなくなったのか、また寝こんで……。気持ちが荒んでいるような、莉央といるとよみがえったような。わけのわからない生活をしていたと思います」

 それでも仕事だけはちゃんとやっていた。仕事をしているときは自分らしくいられたような気がすると彼は言った。

「それも仕事に逃げていたと言えるかもしれませんね」

意識のない母を前にとった行動

 2年前、疎遠だった母が倒れたと連絡があった。結婚したことだけは手紙で知らせたし、互いに安否確認としての年賀状と暑中見舞いだけはやりとりしていた。

「母は脳溢血だったんです。意識がないというので病院に行き、なぜ僕の連絡先がわかったのかと聞いたら、彼女の携帯電話には僕の電話番号しか登録されていなかった、と。何かの折に手紙で伝えたんでしょうか、記憶にないけど。でも母から電話がかかってきたことはたぶん一度もないと思う。意識のない母を見ていたら、怒りと愛着みたいなものが同時にわいてきて、思わず『目を覚ませよ、謝ってくれよ』と肩をつかんで揺さぶってしまいました。看護師さんに阻止されましたが。妻がそれを見ていて、あとから『あなたが本当に求めていたのは謝罪だったのね』って。でも本当にそうかどうかはわからない。謝ってほしいような、ただ笑いかけてほしいような。それまで母との関係なんて気にしていないつもりだった。でも、やはりそうではないんですね。親子って、相手を選べないわけですよ、親も子も。決められてしまった関係をどうするかは、それぞれの親子が決めていくしかない。僕自身もそうだと、そのとき息子のことを思いました」

 母はその後亡くなり、彼の思いは遂げられなかった。代わりというわけではないが、彼は息子に手紙を書いた。生まれてきた日のこと、初めて抱いた重みのこと。たまたま縁があって親子になった。そりが合わないかもしれない。でも話すことくらいはしてみようよと息子に呼びかけた。

「ある日、息子が部屋から出てきました。青白い顔をしていたけど、意外と足元はしっかりしていた。僕たちがいない昼間、近所の目を気にして帽子を目深にかぶって散歩していたようです。正面切って話し合うということではなく、なんとなく一緒に生活してみようと声をかけました。言いたいことがあるならいつでも言ってほしいとも伝えたけど、学校をどうするとか将来はとか、そういうことは言いませんでした」

 1年かけて息子は徐々にしゃべるようになっていった。短期のアルバイトで働き、そのお金を母親に差し出したこともあるという。

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