“悪童”マッケンローを変えた「伝説の一戦」 観客の心をつかんだウィンブルドン(小林信也)

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観客の心をつかんだ一戦

 伝説の80年ウィンブルドン決勝。5連覇の重圧にボルグはあえいでいた。

「5連覇しなければ、忘れ去られる……」

 自分を追い詰めたボルグは婚約者シミオネスク、少年時代からのコーチ、レナートに激しい怒りを向ける。

 1万5000の大観衆が席を埋め尽くすセンターコート。2対1で迎えた第4セットのタイブレーク、ボルグは計7回のチャンピオンシップポイントを握った。そのたびマッケンローがはね返した。微妙なジャッジも数度あった。普段なら怒り狂う悪童が無言のままプレーを続けた。彼の変化にスタンドも気付き始めた。

 15-15の局面でボルグのボレーをコートの端から端まで追ってなんとか返し、奇跡的にポイントを奪った時、マッケンローはあることに気が付いた。

〈「観客の興奮が波のように伝わってきた。俺に勝たせたくないと思っていた人たちも、俺がこのタイブレークを勝ち抜くよう願っているとわかったんだ」〉

 ティグナーは書いている。

〈そう、マッケンローはいつの間にか観客の心をつかんでいた。もはや誰もブーイングをしていなかった〉

 そしてついに真摯なマッケンローがこのセットを取り、勝負はファイナルセットに持ち込まれた。

 第5セットもタイブレークとなり、ボルグが最初のマッチポイントを取って5連覇を達成した。その瞬間、ボルグは両膝をついて歓喜し、マッケンローは芝生の上に突っ伏した。誰もが心からの拍手を両者に贈った。

 そして翌年、決勝でボルグを破り、マッケンローは初の王座に輝いた。

小林信也(こばやしのぶや)
スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

週刊新潮 2024年3月14日号掲載

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