袴田事件再審 法廷で公開された生々しい“恫喝取り調べ”音声の中身 肝心の「自白の瞬間」は無い謎

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 1966年6月、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で味噌製造会社の専務一家4人が惨殺された、いわゆる「袴田事件」。その犯人とされ、無実を訴えながらも死刑判決を受けた袴田巖さん(87)と姉のひで子さん(90)の戦いを追う「袴田事件と世界一の姉」の40回目。静岡地裁での再審(國井恒志裁判長)は半分の7回まで進み、事件や捜査そのものへの疑問点に弁護団は積極的に踏み込み、法廷は熱気を帯びた。だが、そこには、いつもの老弁護団長の姿がなかった。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

法廷に流れた巖さんの声

 1月17日、袴田事件の第7回となる再審の公判が行なわれた静岡地裁には、1995年に起きた東住吉事件の冤罪被害者である青木惠子さん(59)が駆け付けた。しかし、青木さんは抽選に外れ、傍聴することはできなかった。

 この日の裁判では、58年前の静岡県警での取り調べの音声が法廷に流された。音声の中で検察官は「どうだ、言ってみろや」「袴田、袴田、黙ってたって駄目だよ。お前、死刑になってもしょうがない」などと迫る。巖さんが「小便がしたい」と言うと、便器を取調室まで持ってきて小便をさせる音まで入っている。

 法廷で流された音声テープは、第2次再審の即時抗告審で検察から開示された23本のテープの一部。弁護団の留置人出入り記録の調査では、巖さんの取り調べ時間は400時間以上に及んだが、開示されたのはわずか47時間分だった。

 また、第2次請求審では弁護団が、即時抗告審で開示された音声を浜田寿美男・奈良女子大学名誉教授(発達心理学・法心理学)が詳細に分析した鑑定書を証拠として提出したが、採用されなかった。浜田氏は、巖さんが事件を全く知らないからこそそうした供述になるという「無知の暴露」が供述調書のあちこちに散見すると指摘した。

「お前以外いない」

 袴田事件に40年以上もかかわる田中薫弁護士は、記者会見で「音声で実態を感じてもらえたと思う」と話した。

 田中弁護士は「巖さんの逮捕は8月13日の午後7時37分。午前6時40分に任意同行したので、この日の録音テープは10時間あるが、警察は『お前以外いない、認めろ』と言うばかり。さらに、検事の取り調べや裁判官による勾留質問もすべて清水署で行われた。きわめて異例です。だから袴田さんは、拘置所に行くまでの2カ月間、清水署内で留置室と取調室を往復するだけでした」と明かした。

 取り調べの音声の中で検事(吉村英三氏)は、当初、犯行時の衣類とされたパジャマについて「お前のパジャマには大量の血がついていた」と発言した。しかし、実際は血痕かどうか鑑定もできない程度のシミが付いていただけだった。田中弁護士は「どこが大量なのか」と憤った。さらに、田中弁護士は「『油の鑑定書がものを言っている』などと検事は迫ったが、放火に使ったとされた油の鑑定書が出たのは10月20日で、この時点ではまだ鑑定書はなかったんです」と言うから驚きだ。

 巖さんは体調を崩したが、その後も取り調べは続けられる。刑事に46分間ひたすら「お前以外に犯人はいない」と言われたり、「お前は娑婆に来られんか、死刑なんだぞ」と言われたりする音声が残っている。

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