松本人志vs.「文春」の「5億5000万円」裁判で「白黒つく」とはいえない理由 事実でも名誉毀損は成立する
密室での出来事
ダウンタウンの松本人志と週刊文春との争いは、誌面やSNSではなく、今後は民事裁判の場で展開されることになる。1月22日、松本が所属する吉本興業は、彼が文藝春秋社と週刊文春編集長を相手取り、名誉毀損(きそん)などに関する訴訟を起こしたと発表した。損害賠償の請求額は5億5000万円だという。
これについては「裁判で白黒つければいい」と口にするコメンテーターなどが多い。ヤフーなどでもそうしたコメントが数多く見られる。
「本当に女性に対して犯罪的な行為が行われたのかどうか、密室の中の出来事で、第三者には判定のしようがない。双方の言い分が真っ向から対立している以上、裁判で明らかにするのが良いではないか」
というわけだ。
しかし、実際には名誉毀損の裁判で、「白黒」がつくとは限らない。
すでに法曹関係者らが指摘しているように、そもそも民事裁判で認定されるのは「真実相当性」になる可能性が高い。
ごく大雑把にいえば「完全に真実とは証明できなくても、真実であると信じるに足る根拠がある」となれば「真実相当性」が認められる、ということになる。密室での行為などでは物証があることのほうが少ないので、「真実性」ではなく「真実相当性」で判断されることになりそうだという見立てだ。
この場合、何が「真実」かは示されないままになる。つまり完全な形で白黒がつくわけではない。
真実イコール「名誉毀損ではない」とはならない
ややこしいのは、たとえ記事に書かれていることが本当であっても、名誉毀損が成立する可能性があるという点だ。
名誉毀損や著作権侵害の専門家である弁護士の鳥飼重和氏の監修した『その「つぶやき」は犯罪です 知らないとマズいネットの法律知識』から、名誉毀損罪関連の解説の重要ポイントをピックアップしてみよう。
「名誉毀損罪について、法律には何と書いてあるでしょうか。
刑法230条1項をみると、『公然と事実を適示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する』と書いてあります。
ここでいう『名誉を毀損した』とは、人の社会的評価を低下させることと考えられています。また、『人』には個人だけでなく会社などの団体も含まれるとされています(昭和56年1月29日東京地裁判決)。
それでは、『公然と』とはどういう意味でしょうか。判例によれば、『公然と』とは、不特定または多数の人がその事実を認識できる状態を指すと考えられています(昭和34年5月7日最高裁判決参照)」
「前提として、名誉毀損罪は、その内容が真実であるかどうかは関係なく成立します。
ただし、公共の利益のための真実の情報であるか、あるいは真実であると信じる『相当の理由』があれば、その対象からは外れることになります」
つまり、真実かどうか、あるいは真実相当性があるかどうかは、名誉毀損にあたるかどうかを判断するうえでとても重要な要素ではあるけれども、真実だからといって名誉毀損にあたらないとは限らない、ということになる。
公共の利益といえるかどうか
たとえば、政治家でも芸能人でも何でもない一般のご家庭が、不倫問題で大変なことになっているという情報を、実名で報じたらどうか。真実であっても、「公共の利益」とはいえないので、名誉毀損にあたる可能性は高い。
今回の件でも、大物芸能人が犯罪的な行為を行ったという報道ならば、「公共の利益」になると見なされるだろうが、単に性的に奔放な振る舞いをしていたとか、ゲスな合コンをしていたというだけの場合、「公共の利益」になる情報かどうか、ということは論点になりうる。
もともと、若い頃から松本は品行方正をアピールしていない。人気芸人なので、準公人とされるだろうが、性癖などについてどこまで伝えていいのかは見方が分かれるところだろう。
「週刊文春」の記事中に登場する告発者の中で、明らかに犯罪被害を受けたと見なされそうな女性は少ない。そして吉本興業が発表したお知らせによれば、訴えた対象は「12月27日の一部週刊誌報道」で、「『性加害』に該当するような事実はない」とされている。これは、私生活の性癖等は争点としない、というスタンスを表明したことになる。松本側は今後、「週刊文春」の第1弾記事に書かれていたような犯罪的な行為の有無に絞って争点にしていく可能性が高い。
では、仮に「犯罪的な行為」が裁判で認められなければ、スッキリと白黒つくだろうか。
実はそれでも「灰色」決着になる可能性があるのだ。
一体どういうことか。
後編では直近の裁判例をもとに見てみよう。
後編【松本と文春、双方が「勝利宣言」をするシナリオは】へつづく