「お手本にならない大人」の定義を詰め込んだ不思議ドラマ「すべて忘れてしまうから」 

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 不意に姿を消す、後腐れなくしれっと裏切る、いいかげんだが優しいうそをつく。知っていることのすべては言わない。人の名前や顔や属性を覚えていないが、話を合わせる技術とずうずうしさは持ち合わせている。人と広く深くは関わりたくないが、寂しい夜もある。飲み屋に必ずいるであろう「決してお手本にはならない大人」の定義を詰め込んだ不思議なドラマがある。「すべて忘れてしまうから」だ。

 名優とコアなミュージシャンを豪華にそろえているが、主軸がいい意味で曖昧なまま、過去と現在を重ねて物語は進む。独特の粗いタッチの映像と変拍子多めのテンポはしゃれているが、中身は中年独身男の日常茶飯事。なんとも分類し難い作品だ。とっつきにくい、とらえどころのないドラマは話題になりにくいが、歯の奥が染みてジワッと痛むようなところは、私の好物である。

 主人公の作家を演じるのは阿部寛。ハロウィンの夜、恋人(尾野真千子)が姿を消した。「渋谷駅がすごい人なので遅れます」とLINEを送ってきた後、音信不通に。あら、ミステリー?と思わせるも、さほど緊迫感はない。だって大人ってそういうもんだから。心配はするが、音信不通という名の別離もある。恋愛に限らず、交友関係で「非対面の破局」って大人ならばよくあることだ。必死に探したり、つなぎとめようとはしない。淡々と日常をこなす。

 ところが、彼女の姉という謎の眼帯女(酒井美紀)が登場して一気にサスペンス調へ。姉の話では祖母(草笛光子)の遺言で妹は遺産8千万円を手にして、突如姿を消したという。自分がもらうはずだった取り分を恋人の阿部に立て替えろとムチャブリ。結果、定期的に穏やかにカツアゲされるハメに(集金袋を渡されて)。強引かつ調子のいい姉に、翻弄される阿部。喜劇やん。いや悲劇か!?

 主な舞台は阿部の行きつけの店。昼は「喫茶マーメイド」。オーナーは見栄晴。4回の離婚はすべて妻の浮気が原因で、5人目の妻の浮気調査を探偵である4人目の妻(内田慈)に依頼中、と情報がやや多すぎる男だ。

 夜は「BAR灯台」。オーナーはまさかのChara(相変わらずけだるそうでカワイイ)。料理人は宮藤官九郎、バイトは鳴海唯&青木柚。常連客(ぼくもとさきこ・岩谷健司・嶺豪一)も、いい感じに疲労と愚痴と諦観を常備した面々。

 カツアゲだけでなく、阿部の日常にはちょいちょい事件が起こる。地蔵のたたり、SNSでトークイベント妨害予告、手のひら返しに自意識過剰、生き別れの父親探しに、発熱の年越し……。ま、事件というほどでもないがさまつな日常の描写。そこに、尾野が失踪に至るまでの経緯が適宜はさまれ、うっすら事情が見えてきた。半年間失踪していた尾野が祖母の遺産を使い果たして、戻ってきたところである。

 これみよがしな怒濤の展開、という陳腐な枠には収めず。意図的に散漫に見せながらも、阿部と尾野の心の距離に集中させる仕掛けに「大人だなぁ」と感心した。

 分類は難しいが、正論や正解を求めないドラマ、かな。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2023年12月21日号掲載

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