【ブギウギ】毒舌・淡谷のり子キャラにハマる菊地凛子 笠置シヅ子を語る上で避けて通れないもう一人の大物歌手は?

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私のブギを歌うな!

「ライバルであり戦後を彩った淡谷のり子と笠置シヅ子というふたりの大歌手の交錯が今後の楽しみです。NHKの『紅白歌合戦』では、1953年の第3回で笠置が紅組のトリを、第4回で淡谷が紅組のトリを務めたそうです。後年、淡谷さんは、故郷である青森の味噌メーカーのCMに出演し、津軽弁丸出しの『大した、たまげだ』というセリフがウケて人気となりました。一方、笠置さんも『磨き洗いはカネヨンでっせ 』のCMで人気を復活させました。どこまでもライバルで生き様が重なるふたりですが、はたしてどこまで描かれるか」

 そしてもう一人、まだキャストにも名前が上がっていないのが美空ひばり(1937~1989)だ。

「笠置シヅ子を語る上で避けて通れないもう一人の大歌手がひばりさんです。1948年、まだ10歳の加藤和枝(後の美空ひばり)は笠置のものまねで人気となり、“ベビー笠置”“豆笠置”と呼ばれました。笠置は自分の持ち歌を自分以上に上手に歌う少女を可愛がっていたそうです。ところが、ひばりが正式にレコードデビューすると、笠置が『私のブギを歌うな』とクレームをつけたという“伝説”がある」

 今も美空ひばり公式サイトのプロフィールには、1949年1月《日劇『ラブ・パレード』に出演。「ヘイヘイ・ブギ」を歌うことを笠置シヅ子に禁じられ、急遽「東京ブギウギ」を歌う》とある。

「ところが、実際のところは、笠置にとって『ヘイヘイ・ブギー』は前年に出したばかりの新曲だったため、『東京ブギウギ』を歌う許可を出した。歌うことを禁じたのではなく、変更を求めたというのが正しいわけです。さらにその翌年、ふたりのアメリカ巡業が重なってしまい、ここで再び“ブギ禁止”となるのです」

ひばりは出るのか

 美空ひばり公式ページには、1950年5月16日《山田晴久、母・喜美枝とともにハワイ巡業へ出発。(中略)この時笠置シヅ子が歌ったブギを歌うことを禁じられる》とある。

「実は“ブギ禁止”を申し渡したのは笠置ではなく、ドラマでは草なぎが演じる作曲家の服部良一氏でした。アメリカ巡業を行ったのはひばりが一足早く、そこでブギを歌われてしまうと、後から渡米する笠置のほうがものまねのように思われると危惧した服部氏が、音楽著作権協会を通じて渡米中のみ作品の使用を禁じる通告を出したのです。これらはどう描かれるのか、そして、ひばりは誰が演じるのか、笠置vs.ひばりでアッと言わせることができれば、『ブギウギ』は朝ドラ史に残る名作になるでしょう」

 ちなみに、淡谷のり子がひばりをどう思っていたかといえば、

《私は美空ひばりは大きらい。人のモノマネして出てきたのよ。戦後のデビューのころ、私のステージの前に出演させてくれっていうの。私はアルゼンチン・タンゴを歌っているのに笠置シヅ子のモノマネなんてこまちゃくれたのを歌われて、私のステージはめちゃくちゃよ》(前掲の朝日新聞より)

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