天才・堀内恒夫がV9時代の日本シリーズ“奇策合戦”を明かす
打席で話しかけてくる野村
それから延長11回まで、堀内は南海打線をわずか1安打、無四球とほぼ完璧に抑えた。11回表には、1死二塁で自らセンター前タイムリーヒットを放ち、決勝点をたたき出した。相手投手はリリーフの佐藤道郎。これで1勝1敗。嫌な流れを投打にわたる堀内の活躍で食い止めた。
「そしたら第3戦も『先発しろ』って、川上のおっさんがさ」
堀内が笑う。シリーズ前の構想は、この時点で大きく転換した。その柔軟性、大胆さがまた巨人V9の秘密だったのかもしれない。
「長いシーズンより、短期決戦の日本シリーズは好きだった。1週間ガマンすれば終わるから(笑)」
第3戦は、もはや“堀内のためにある舞台”のようだった。
3対0、巨人リードで迎えた6回裏。1死一塁で堀内が3度目の打席に入った。マウンドは先発・松原明夫を救援した中山孝一。第1打席で堀内はレフトに先制ソロホームランを打っている。
「打席に入ると、野村のおっさんがうるさいんだよ。『ここはバントやろ? ど真ん中に真っすぐを放らすから、きっちり決めろよ』ってね。僕は、『バントじゃないですよ。真ん中来たら打っちゃいますよ』って言ったのにど真ん中のストレートが来た(笑)」
快打一閃、堀内はレフトスタンドに2本目のホームランを放り込み、勝負を決定づけた。投手としては9回2失点完投で2勝目。
「どうやら野村さんは、『堀内はカーブ系のボールに強い』というデータを持っていた。それでストレート勝負にきたらしいけど、2番手クラスの真っすぐが真ん中に来たら打つでしょ」
中山は球速では南海一といわれた投手だが、堀内には通じなかった。
野村の「1、3、5作戦」
シリーズの流れは大きく巨人に傾いた。皆の度肝を抜く堀内の活躍で、不利と見られた巨人が勢いづき、南海の戦意を奪った。
南海の1勝2敗で迎えた第4戦の先発マウンドに立った江本が振り返る。
「2イニング終わったら、自責点0なのに4失点だもの。南海の選手はもうみんな野球どころじゃなかった。3戦目に堀内の2本で負けて、夜はやけ酒だね。ジョーンズなんて、目の前のボールが見えてなかったんじゃない?」
1回裏、1番高田繁を四球で歩かせたあと、2番土井正三は「投ゴロエラー」。失策は一塁のクラレンス・ジョーンズについている。
「ピッチャーの送球が捕れなかったんだから」
出鼻をくじかれた江本は、3番末次民夫に右前打、4番王貞治を歩かせたあと、5番柳田俊郎に二塁内野安打を打たれて3点を失った。続く2回にも一塁手ジョーンズのエラーで1点を取られた。江本は2回4失点、自責点0で降板した。
南海の乱調、戦意喪失には理由がある。その年からパ・リーグは前後期2シーズン制を採用、南海が前期優勝した。後期は阪急が優勝して5試合制のプレーオフが行われた。
「あのころの阪急は本当に強くて、南海が勝てる見込みはほとんどなかった。でも、やる以上は何とかしようと、野村監督が作戦を練って、『1、3、5戦を取ろう!』と」
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