自動運転の時代をセンシング技術で支える――村上雅洋(日清紡HD社長)【佐藤優の頂上対決】

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事業は借り物、人が本物

佐藤 いまグループは何社あるのですか。

村上 128社で、24カ国にまたがっています。

佐藤 これだけの規模の会社をうまくマネージメントしていく秘訣(ひけつ)はどこにあるのでしょう。

村上 ホールディングス制ですから、事業会社の運営はその社長に大幅に権限を委嘱しています。ホールディングスの役割は、まず理念に基づいて戦略を明確に定めること、資金、経営資源の配分を決めること、そして不正が起きないような仕組みを作りグローバルガバナンスを機能させていくことですね。

佐藤 まさに大局的見地から見ていく。

村上 事業の細かいところには口を出しません。そもそも実態がわからないまま、何か言われても現場は困ります。また私は社内で「ウチは実業の会社だから、評論家の居場所はない」ともよく言っていますから。

佐藤 そうした文化がモノを作っている会社のよさですよね。

村上 私は入社後、労務管理部門に配属されました。いろいろな繊維工場を回りましたが、現場でかなり鍛えられましたね。いくら高邁(こうまい)な理想を掲げても、あるいはどんなに正しい理屈を話しても、現場から「何も知らずにものを言うな」と言われる。確かに現場を深く知ると、そうした理想だけでは立ち行かないところがある。また、実際にやるのは人間ですから、腹落ちしない限りは動いてくれません。

佐藤 労務担当だと、人間に対する洞察が深くなりますね。

村上 要は、いかに従業員が伸び伸びと働けるか、いかに力を蓄え、発揮できるかが重要です。それによって会社の力が決まる。だから人が一番大事なんです。

佐藤 全面的に同意します。会社の要は従業員であるということですね。

村上 ただ、甘やかしたりなれ合いを許すようなことがあってはなりません。だから教育もしますし、実力主義でも成果だけ見るのではなく、それ以外の部分も含めて評価していきます。いまや年功序列はあり得ないですから、年齢や実績の積み上げがなくとも、直近の評価で上がったり下がったりする役割等級制度に変えました。また若手を抜てきする一方、キャリア入社の比率を高めて、人事をシャッフルしています。

佐藤 従業員はどのくらいいるのですか。

村上 グループ全体で2万1千人くらいです。

佐藤 ちょっとした自治体並みの規模ですね。

村上 ですから弊社の強みは、人の多様性であり、事業の多様性であり、価値観の多様性です。多様性はイノベーションの源です。多様性をいかにうまく使うかによって、イノベーションが起こせるかが決まる。

佐藤 しかもさまざまな分野の専門家がいるわけですから、組み合わせるだけでも、新しいアイデアが生まれてきそうですね。

村上 弊社の人事部には人事権がなく、各事業部に人事権があります。そして2000年代から社内公募制度が始まりました。この制度はグループ会社間の異動も可能で、社内で求人を出し、従業員は上司に諮らず、勝手にエントリーできる。そして秘密裏に面接が行われ、決まったところで初めて上司に伝えるのです。この時、上司には拒否権がないんですよ。

佐藤 調整もなく、その時点で決定事項になるのですか。

村上 ええ、決まったら絶対に異動させなければなりません。上司が持っている権限は、1、2カ月待ってくれ、というものだけです。

佐藤 それだと、元の職場はマイナス1になりますね。

村上 ええ、だから引き抜かれたら引き抜き返せばいいと言っています。足りなくなったら、自分の部署で公募する。ただ、魅力のない部署だったら、人は応募してきません。

佐藤 それはなかなか厳しい世界です。

村上 魅力がないのなら、それを作り出し、高めていかなければならない。そのあたりはドライにやっています。

佐藤 その制度は年間、どのくらいの公募数があるのですか。

村上 数十件の募集があります。

佐藤 かなりの数ですね。

村上 よく「事業は人なり」と言いますが、この会社には昔から「事業は借り物、人が本物」という言葉があります。だから事業は何でもいい、ということになる。そして過去の成功にとらわれず、新しいことに挑戦し、時代に合わせて会社を変化させることができたのも、その理念があってのことです。今後も変化を当たり前として、社会に貢献する事業を展開していきたいと思っています。

村上雅洋(むらかみまさひろ) 日清紡HD社長
1958年大阪出身。滋賀大学経済学部卒。82年日清紡績(現・日清紡ホールディングス)入社。工場の労務管理、総務部門を中心に歩み、2008年執行役員、10年取締役執行役員、事業支援センター長、14年経営戦略センター長。15年に専務となり、18年副社長を経て、19年より社長。

週刊新潮 2023年11月9日号掲載

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