【猪木さん一周忌】唯一の主演映画の舞台裏で語っていた“小児がんで亡くなった娘”への想い

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「今日は、明日への贈り物」

 この時期より前だったが、インタビュー中、猪木に好きな映画について聞いたことがある。答えは、トム・ハンクスが極めて純粋な青年を好演する、「フォレスト・ガンプ~一期一会」だった。

「人生に突然、何が起きても、その都度その都度、誠実に主人公がぶつかって行く。その姿が、とても良くてね……」(猪木)

 では、この「ACACIA」はどうだったのか? 映画の主題歌を担当した持田香織(Every Little Thing)が、鑑賞後にコメントを残している。

「母と2人で見て、終わった後、泣いてしまった」(「週刊実話」2010年6月24日号)

 映画のピーク、猪木演じる元マスクマン「大魔神」は、涙を見せる。それは、本物の涙だった。猪木はこう語っている。

「一番大事な場面。嘘泣きでは客に絶対に見抜かれてしまう。だから、亡き娘のことを思いだしてね……」(2010年5月31日。プレミア試写会にて)

 猪木は1965年、アメリカ人女性と最初の結婚。生まれて来た娘に、自身の母の名を取り、「文子」と名付けた(英名はデブラ)。だが、猪木が帰国後は妻が日本の生活に馴染めない中、猪木も着々と人気者になり、家を空けるように。結局、妻が娘とともに、アメリカに帰る形で1970年、離婚。ハワイで最後に会った際、娘はまだ離婚を理解しておらず、「パパはなんで、アメリカの方の家には来てくれないの?」と繰り返していたという。

 娘の訃報が入ったのは、その3年後。享年8歳。小児がんだった。

 猪木は、自伝で語っている。

〈私は言葉もなかった。自分の仕事に夢中で、父親らしいことは何もしてやれなかった〉(新潮社刊『アントニオ猪木自伝』)
 
 猪木の規格外の応答で、大いに笑いに包まれた前述の初日舞台挨拶のラスト、サプライズが待っていた。子役の林凌雅から、猪木へのプレゼントがあったのだ。それは、猪木(大魔神)の似顔絵だった。「ありがとう」の字も添えられていた。すると、猪木は急にしんみりとなり、こう述べた。

「……今になってね、人の気持ちというのをゆっくり感じるんですよ……。本当に、“今日は、明日への贈り物”ですね」

 猪木の目が潤んでいたのを、筆者は見逃さなかった。

 娘の死について触れた自伝で、猪木はこう綴っている。

〈私は鶴見の父の墓に文子の名を刻んだ〉

 その寺に今、誰の銅像があるかは、冒頭に述べた通り。猪木が同じ天国に行って一年。地上ではその銅像の眼差しが、愛娘らを見守っている。

瑞 佐富郎
プロレス&格闘技ライター。愛知県名古屋市生まれ。フジテレビ「カルトQ~プロレス大会」の優勝を遠因に執筆活動へ。近著に『アントニオ猪木』(新潮新書)、『永遠の闘魂』(スタンダーズ)、『アントニオ猪木全試合パーフェクトデータブック』(宝島社)など。

デイリー新潮編集部

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