【猪木さん一周忌】唯一の主演映画の舞台裏で語っていた“小児がんで亡くなった娘”への想い

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猪木のフィルモグラフィー

 もとより、猪木とドラマ=俳優の親和性は、低くはなかった。最初のそれは、フジテレビのドラマ「チャンピオン太」の敵選手、“死神酋長”役(1962年11月7日放送)。梶原一騎原作の少年マンガの実写化で、誌面に登場したインディアン然とした怪物レスラーを再現するにあたり、猪木が選ばれたのである。

 梶原の回想によれば、リング上での挌闘場面については、「殺陣?そんなもん、レスラーには無用!」とした力道山が、扮装した猪木とガンガンやり合い、スタッフが、「本物の試合より凄えや……」と舌を巻くシーンも。更に撮影に満足し切った力道山の横暴が、猪木に炸裂する。

〈「今後は死神酋長をリングネームにせい!」
「せ、先生、ご冗談を……イヤですよ!」
「文句ぬかすないっ、社長命令だ!」〉(「週刊ゴング」1986年5月1日号より)

 梶原の説得により、力道山は矛先を収めたそうだが、当時の猪木は弱冠19歳。大仰な台詞回しも含め、ファンタジー溢れる“梶原補強”もあるとは思うが、猪木がインタビューで自らこのことに触れたことはない。少なくとも良き思い出ではなかったのは確かに思う。

 1970年公開の「コント55号水前寺清子の大勝負」では、プロレスで一儲けしようとするコント55号を交え、リングでタッグマッチ(猪木、坂上二郎vs山本小鉄、萩本欽一)。出だしで猪木vs山本小鉄という貴重な取り組みは観られるが、結局はコント55号が本職に痛めつけられまくる喜劇に転化。しかも、どちらかというと小鉄の方が張り切っていた。この手の笑いが出る展開となると、猪木はどうしても影が薄くなるのだった。

 少年野球チームを主役とするアメリカのコメディ「がんばれ!ベアーズ」の第3作にも出演(「がんばれ!ベアーズ大旋風-日本遠征」。1979年3月公開)。折しも一連の「格闘技世界一決定戦」が大人気だった時期で、主人公とプロレス対決をする猪木が、「世界でただひとりアリと引き分けた男」とマイクで紹介される場面も。しかしながら、試合は子供たちの乱入で猪木が引き倒されるなど、おふざけの域を出ず。やはり、猪木の出演が、どこか場違いな感が残った。

「国立競技場の空から、パラシュートで降下した」

 それから30年以上が経過した2010年6月12日、猪木が初の主演映画「ACACIA」で、初日舞台挨拶。当時、筆者も取材したが、客席にかけた一声は、想像を超えるものだった。

「これからしっかり観て下さいね!」

 場内はなぜか大爆笑。登壇者の1人が言った。

「猪木さん、もう、みんな観終わってます」

 上映後におこなわれた舞台挨拶だったのだ。大ボケの一言。さらに、「映画俳優として、次作は?」と振られると、こう答えた。

「次はないでしょう(笑)」

 唯一の主演映画で、猪木はやりたい放題だった。更に衝撃の事実も明かしている。

「実はまだ、映画、観てないんです。主演の本人が観てないって、面白いでしょ?(笑)」

 そもそも、芥川賞作家である辻仁成が、自身の著作を映画化したこの作品。元プロレスラーが主人公ということで、猪木の快諾も得たが、撮影が近づくと、猪木は1つのエピソードを口にし始めた。

「国立競技場の空からね、パラシュートで下降したんですよ、ぶっつけ本番で」

 2002年8月、総合格闘技大会「Dynamite!!」でおこなわれた、派手な演出の1つだった。そして、迎えたカメラテスト初日。猪木は黙っていた。何と、台詞を1つも覚えて来なかったのだ! 曰く、「その場その場の感性を大事にしたい」。パラシュートの逸話を持ち出したのは、“リハーサルの類いは嫌いです”と言いたかったようだ。

 映画は、元覆面レスラーの老人と、孤独な子供が心を通わせるストーリーだったが、子役の台詞が増えたのは言うまでもない。

 極めつけは、2008年6月21日から7月22日、ロケ地函館での撮影期間。この真っ只中の6月25日に、猪木が当時の団体「IGF」の函館大会を開催したのである。しかも、タイトルは「函館猪木GENKI祭」(函館市民体育館)。困惑顔の辻仁成に、猪木は笑って答えたという。

「俺はもともと、イベント屋だから」

 実際、猪木のサービス精神は振るっていた。毎日のように、自費で菓子、果物、カニを差し入れ、中でも子役の林凌雅とは積極的に交流。「ケーキ屋に連れて行ってくれたり、ダジャレを教えてくれたり……」(林)。こちらとしては、後半の内容が気になるところだが、林が言うには、「“アリが10匹で、ありがとう”とか……」とのことであった。

 当のIGFの大会も、函館市長が来場するなど、大賑わいで映画のパブリシティに大いに貢献。辻監督も、これには納得していたようだ。

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