「気持ちが追いつめられて無性に欲しくなって」 大麻から抜けたはずの女子大生が落ちた罠 マトリ元部長が見た薬物の恐ろしさ

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前回まで】
 長年、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)で捜査の最前線に立っていた瀬戸晴海氏(元関東信越厚生局麻薬取締部部長)は、ある時、自身の開いている勉強会で知り合った男性から相談を受ける。女子大生の長女が大麻に手を出してしまっていることを知り、勉強会に参加したこの父親によれば、娘には大麻をやめさせたはずだが、遊びに行った友人宅が家宅捜索を受けたことで動揺している、話を聞いてほしいとのことだった。彼女はその場で尿検査を求められたが拒否したという。

 依頼を受けた瀬戸氏は、この長女、亜紀さんと対面して、大麻にハマった経緯や、現状について聞き取りを行った。

 それによれば、父親に厳しく叱られたこともあり、現在は大麻をやめた、という。すべてを正直に話す様から、瀬戸氏は「彼女なら大丈夫」という心証を得た。

 家族の熱意と本人の意思によって、薬物常習から脱することができたのなら、ハッピーエンドと言えるだろう。が、この話にはまだ続きがあった――。

(以下、瀬戸晴海著『スマホで薬物を買う子どもたち』【第2章「わが子に限って」は通用しない(一)――真面目な女子大生が大麻に嵌るまで】をもとに再構成したものです。登場人物はすべて仮名)。

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友人が次々逮捕

 その後、彼女自身から電話をもらっています。

亜紀さん:お父さんに話したら、自分で伝えたらどうかと言われたので電話しました。あの後、事情聴取を受けて全て答えてきました。恥ずかしかったけどオシッコも提出しましたが、何も検出されなかったそうです。

 ところが、理沙(家宅捜索を受けた友人)が覚醒剤の使用罪で逮捕されていることが分かりまして……。春樹さん(理沙の彼氏)がネットで覚醒剤を密売していて、理沙も彼と一緒にときどきそれを使っていたそうなんです。彼女の弁護士と話をしたのですが、捜索でMDMAも発見されているので、保釈にはもうしばらく時間がかかるだろう、と。そして、もっと驚いたのが、4、5日前に香苗(友人)まで覚醒剤で逮捕されたことです。詳しくは分かりませんが、「理沙に勧められてエスを何度か使ったようだ」と弁護士は言ってました。理沙もそうですが、香苗が覚醒剤をやっていたとは信じられない。いま振り返れば、私も崖っぷちに立っていたのだと思います。

 薬物乱用は仲間から仲間へと感染していきます。場合によってはこの事件を端緒として、他にも多くの若者が逮捕されているかもしれません。

 2019年3~5月にかけて、沖縄県で高校生をはじめとする未成年者10人が大麻取締法違反容疑で逮捕されました。この事件では、高校生のひとりがツイッターで大麻を購入し、県内の仲間に譲渡していました。関係者は最終的に23人に及んだとのこと。時期を同じくして、京都市では中学3年生の女子が大麻とMDMAを所持した容疑で逮捕されています。その後、少女に大麻を売った20歳の男も逮捕されました。男はツイッター上で“ホフマン”と名乗り、少女がツイッターに「大麻がほしい」と隠語で投稿しているのを見つけてテレグラムへ誘導。受け渡しなどの連絡を取り合っていました。

SNSで拡散する薬物

 2020~21年にかけては、みなさんもご存じのとおりだと思います。「少年グループ、SNSで大麻購入」「SNSを利用して薬物密売、取引には消えるチャットを使用」などと連日のように報道されました。私の出身母体である麻薬取締部でも、積極的にネットの薬物事犯を捜査しており、21年10月には〈大麻ネットコミュニティ〉と呼ばれるサイトの主要メンバーを中心に、全国に散らばる密売人や客ら約60名を検挙しています。それ以外にもツイッターで覚醒剤などを大がかりに密売していたグループ、海外の薬物販売サイトから大麻リキッドやMDMAを仕入れていたグループなど、大勢を逮捕しています。逮捕者のなかには、若い医師や薬剤師、教授もいました。

 私が現役時代に携わった事件でも、〈ネットで薬物を手に入れた〉と話す若者は後を絶ちませんでした。彼らは口々に〈ネットの薬物広告を眺めていたら、ファミレスのメニューを見ているようで色々とほしくなった〉〈海外で合法化されている野菜なら大丈夫だろうと思って、ツイッターの売人から大麻を買った〉〈大麻をきっかけに覚醒剤やMDMAを経験して深みに嵌った〉と供述しています。

悲しい後日談

 さて、亜紀さんの事件は一件落着したということで、次章に移りたいところですが、実は後日談があります。悲しい話ですが、薬物を巡る問題の根深さを知る参考になるので付け加えましょう。

 以前と比べて彼女はすっかり元気になって、妹の沙紀さんと一緒に薬物勉強会にもオンライン参加していました。相談者である父親も「絵に描いたようなハッピーエンドとなって本当に嬉しいです」とご満悦でした。ところが、事態は急変します。その後、しばらくしてから、亜紀さんがドラッグストアで買える「市販薬(一般医薬品、OTC医薬品)」に手を出してしまったのです。

 父親が地方赴任中のことです。次女の沙紀さんから電話がありました。「瀬戸さん、お姉ちゃんに会ってもらえませんか。大麻じゃないのですが、“苦しい!”と言い出して……。お父さんは単身赴任中にコロナに感染してホテルで療養中です。心配するので伝えていません」。私は「大麻でなければ覚醒剤か?」と案じて、早速、姉妹と面接しました。亜紀さんは顔色が悪く少しやつれ、妹が不安そうに付き添っています。

市販薬の乱用

──久し振りだね。どうしたの?

亜紀さん:あのぅ、野菜(注・大麻の隠語)じゃないんです。でも、ごめんなさい。

──心配いらないから話してごらん。エス(覚醒剤)なの?

亜紀さん:違います、「●◎?」です。嫌なことばかりが続いて、つい買ってしまいました……。

 彼女が名前を挙げたのは市販薬の総合感冒薬で、近年、子どもたちの間で“乱用”が大きな問題となっています。添付文書を見ると、用量は15歳以上1回3錠を1日3回なのですが、子どもたちはこれを1回に20錠、30錠と飲み込んで、その効果に“酔う”のです。

 亜紀さんによれば、コロナでバイト先の仕事がなくなり、学校は休校状態。逮捕された理沙や香苗とも遠ざかり、交際をはじめた彼氏とも別れることに。気持ちが追い詰められて、無性に“野菜”がほしくなった。でも、二度とやらないとお父さんと約束している。そこで、少しお酒を飲んで気分を紛らわそうとしたが、胸焼けするだけ。ネットの掲示板を眺めていると、同世代の女の子が〈〇〇を大量に飲むと気分がふわふわして、ボーッとした気分になる。悲しみから救われた!〉と投稿していた(注・薬品名はここでは秘す)。薬物勉強会で市販薬の乱用も問題となっていると聞いていたが、「規制されていない市販薬なんだから、大したことないだろう」と高を括って、ドラッグストアやオンラインショップで買うようになった。亜紀さんはネット情報を真似て1回10錠からはじめ、今では40~50錠飲んでいると言います。さらに咳止めシロップ1、2本を一気飲みすることもあるとのことでした。それを4か月は続けている、と。

亜紀さん:1回に50錠以上飲んだり、シロップを一気飲みしたりすると、最初は気分が爽快になって、その後にフワーッとして落ち着きます。何回か吐き気を我慢できなくてトイレに駆け込みましたが、うまく調整して飲むと、身体が温まって不安や悲しみが取れるんです。これに嵌ってずっと飲み続けてきました。今では錠剤もシロップも手放すことができません。でも、最近は食欲がなく、不眠症気味で……。顔に湿疹が出たり、便秘になったり、尿が出にくくなったり、あと、生理が止まることもありました。何より、クスリが切れると不安で、苛々して、居ても立ってもいられなくなります。何度もやめようとしましたが、辛くなるのでまた飲んでしまう。妹に怒られてもやめられません。この苦しみから逃れたいです……。

 この手の市販薬の中には、大量摂取すると「あへん系麻薬」と同じような多幸感を覚え、常用すれば様々な副作用が生じ、依存に陥るものもあります。

 ある種の解熱鎮痛剤も大量摂取すると睡眠効果を得ることができますが、一方で、めまいやふらつきといった副作用の他、急性作用による痙攣発作やせん妄(時間や場所が急に分からなくなる見当識障害など)を引き起こしかねません。無論、常用すれば依存に陥ることもあります。

 薬物依存などで、精神科で治療を受けた人を調査した2020年のデータ(国立精神・神経医療研究センター調査)では、半数以上が覚醒剤を乱用していたということですが、“1年以内の主たる使用薬物”を見ると10代の場合は市販薬が56.4%を占めています。つまり、子どもたちがドラッグストアで簡単に咳止薬を手に入れ、それを乱用している実態があるということです。市販薬の乱用は以前から問題になっていますが、これが大人の目の届かないところで、子どもたちを中心に急増しているのです。

 厚生労働省は、エフェドリン、プソイドエフェドリン、メチルエフェドリン、コデイン、ジヒドロコデイン、ブロムワレリル尿素の6成分を「濫用等のおそれのある医薬品」に指定。これらを含む一部の市販薬については、販売に際して購入理由や他店での購入状況を確認し、販売数量の制限などをすることを求め、販売店も取り組みを強化しています。が、ネット通販でも購入可能なため、現実には乱用に歯止めがかかっていません。市販薬というのは覚醒剤や大麻より安価で簡単に手に入り、それを販売しても逮捕されることはありません。ですから、実態把握が大変難しいのですが、事態は予想以上に深刻で早急な対策強化が求められるところです。

また依存症に

 私は、亜紀さんから事情を聞いて、直ちに療養中の父親に連絡し、大慌てする父親の代理で亜紀さんを専門医のところに連れて行きました。結果、依存症が認められ、さらに肝臓障害まで確認されたので、早々に入院治療が開始されました。約1か月で退院した亜紀さんは、傍から見る限り元気を取り戻していましたが、今なおメンタルが不安定な状態にあるため、治療を続けています。

 これが亜紀さん事件の顛末になります。私は「もっとお節介を焼くべきだった」と深く反省しました。彼女は二度と大麻は使用しないだろうと勝手に思い込み、市販薬のことは意識もしなかった。甘かったですね。一旦、薬物に頼るとなかなか抜け出すことができない。この事実を亜紀さんのケースを通じて改めて思い知らされました。

 薬物乱用というのは、規制の有無に関係なく存在します。中枢神経に影響を及ぼす薬物の使用を続けると、誰もが依存症等に陥る可能性があるのです。クスリは「両刃の剣」です。市販薬や処方薬の問題についても強く意識してほしいと思います。

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 大麻に関しては、ともすれば擁護論を目にすることも少なくない。が、瀬戸氏が見てきた多くの事例は、その恐ろしさを示しているといえるだろう。

※瀬戸晴海著『スマホで薬物を買う子どもたち』新潮新書)から一部を引用、再構成。

瀬戸晴海(せとはるうみ)
1956(昭和31)年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業後、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)に採用され、薬物犯罪捜査の一線で活躍。九州部長、関東信越厚生局麻薬取締部部長などを歴任、人事院総裁賞を2度受賞。2018年に退官。著書に『マトリ』など。

デイリー新潮編集部

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