ごく普通の女子大生が大麻にハマってしまって尿検査まで…… 「マトリ」元部長が見た転落のプロセス

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 日大アメフト部の大麻所持事件では、同大学の体質に注目が集まりがちだが、実際には薬物問題だと捉えるべきかもしれない。

 多くの若者の間で違法薬物が蔓延しており、たまたまごく一部が発覚しただけとみたほうがいいだろう。日大という大学独自の不祥事だと捉えることは、問題の本質から目をそらすことにもなりかねない。

 長年、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)で捜査の最前線に立っていた瀬戸晴海(はるうみ)氏(元関東信越厚生局麻薬取締部部長)は、著書『スマホで薬物を買う子どもたち』の中で、近年、スマホを介した「密売革命」によってごく普通の若者たち、子どもたちに違法薬物が蔓延している状況を詳述し、その現状に警鐘を鳴らしている。

 ここでご紹介するのは、ごく普通の女子大生が大麻を入り口に違法薬物の深みに嵌(はま)っていくまでの姿である。

 瀬戸氏は、父親から相談を受けたことから彼女と接点を持つようになった。(以下、『スマホで薬物を買う子どもたち』【第2章「わが子に限って」は通用しない(一)――真面目な女子大生が大麻に嵌るまで】をもとに再構成したものです)

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最愛の娘が尿の提出を求められた

 多くの皆さんはまだ次のように考えているのではないでしょうか。「薬物のネット密売が大変なことになっているのは分かった。でも、自分の子どもとは関係のない話だ」と。そんな認識を少しでも変えてもらうために、実際に私が相談を受けた、亜紀さん(当時大学2年生)のエピソードを紹介させてください。

 関係者のプライバシー保護のため、過去のエピソードに登場する人物名は仮名とし、地名やシチュエーションは一部変更しています。

 私が亜紀さんのことを知ったのは2019年初夏のこと。少人数の薬物問題に関する勉強会で、彼女の父親から話しかけられたことがきっかけでした。彼はその5年前に奥さんを亡くしており、以降は男手ひとつで二人の娘を育ててきました。姉妹は幼少期から優等生で、反抗期もほとんどない穏やかな性格だったといいます。

 ところが、大学に進学した長女の亜紀さんは興味本位から大麻に手を出し、その後、1年近く大麻を使い続けていたそうです。それに気付いた父親は「逮捕されたらどうするんだ」「学校に知れたら退学になるぞ」など、こんこんと言い聞かせてどうにか使用をやめさせました。しかし、彼女はいまだに大麻の使用に肯定的な意見を持っている上、海外への語学留学を希望しているといいます。海外へいけば、大麻のみならず、コカインなどのハードな薬物にも手を出してしまうのではないのか。今後どう対応すればいいのか──。

 そんな不安を払拭したい一心で、父親は勉強会に参加するとともに、私に相談してきたのです。そして、私は父親と何度か電話でやり取りを続けました。そんなある日の深夜、父親から私に電話がかかってきました。

「瀬戸さん、夜分に申し訳ありません。実は、先ほど帰宅したところ、娘(亜紀)が大慌てで部屋を片付けているのです。“どうした?”と尋ねても要領を得ない。下の娘と二人でなんとかなだめ、話を聞いてみたところ、青ざめた顔でこんなことを言い出したもので……」

 私は、父親の強い求めを受けて、実際に亜紀さんと面会し、事情を聞くことになりました。彼女が大麻を覚えた経緯やネットでの購入状況などはまさに近年のトレンドを象徴しています。彼女のケースを知ることは、いまの若者が置かれている環境を理解する上でも大いに参考になると思います。

友人の部屋が家宅捜索されて

 とりわけ重要なのは以下の点です。亜紀さんは母親を亡くしたものの、父親や妹との家族関係は極めて良好。思春期を迎えても、何かあれば父親に相談を持ちかけていました。学校での成績も優秀で、私が実際に会話を交わした際も、知的でコミュニケーション能力に長(た)けている印象を受けましたし、不良仲間とつるむようなこともありませんでした。そのため父親も、薬物問題は「自分の子どもとは関係のない話だ」と考えていた。にもかかわらず、彼女は大麻にはまってってしまったのです。

 では、ここからは実際のやり取りに即して話を進めましょう。

 父親が亜紀さんから聞き取ったのは次のような内容でした。 

――学校の授業が終わり、久しぶりにスキューバダイビング仲間の理沙のアパートで雑談にふけっていたら、いきなり捜査官6~7人が部屋に入ってきた。捜査官のひとりが理沙に「捜索差押許可状(家宅捜査令状)」を提示して捜索が始まった。容疑はよく分からないが、理沙と春樹(理沙の彼氏)が絡む「覚醒剤事件」のようだった。わけが分からないまま呆然としていると、捜査官から理沙や春樹との関係、名前、生年月日、住所、連絡先などを聞かれ、バッグの中も確認された。理沙の部屋からは大麻の吸煙器具と何かの錠剤が発見されたようだが、覚醒剤はなかったと思う。「覚醒剤はやってないか!? 注射していないか!?」と聞かれて腕を確認された。さらに、私は断ったが、覚醒剤使用検査のために尿の提出まで求められた。理沙は事情聴取で連れて行かれることになった。私は帰宅を許可されたので大急ぎで帰ってきた。もしかしたら、私の部屋にも捜索にくるのではないかと思って、大麻やパイプ、価格を書いたメモなどが残っていないか探していた。あれば捨てようと思った──。

 父親が動揺する気持ちは理解できます。最愛の娘が薬物の捜索現場に居合わせ、尿を採られそうになったわけですから、これは家族にとって一大事に他なりません。「大麻はすでに止めているし、覚醒剤も絶対にやってないと娘は涙ながらに訴えています。それなのに尿の提出を求めるなんて心外です! 弁護士を依頼した方がいいのでしょうか……。瀬戸さん、一度、娘と面会してもらえませんか」

 そう切羽詰まった声で訴えかけられました。

 私は、意外な展開となってしまったことに少し困惑したものの、不思議なことに現役時代(麻薬取締官時代)の意識が蘇ってきました。そうなると引けません。

「分かりました。まずはお嬢さんを落ち着かせてください。採尿を求めるのは自然な流れですから心配いりません。弁護士を立てるのは早計すぎるでしょう。全面的に捜査協力するほうが得策です。早々に面会しましょう」

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 こうして瀬戸氏は女子大生とその父親と面談をすることになる。彼女の口から語られたことは――(以下、第2回に続く

※瀬戸晴海著『スマホで薬物を買う子どもたち』新潮新書)から一部を引用、再構成。

瀬戸晴海(せとはるうみ)
1956(昭和31)年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業後、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)に採用され、薬物犯罪捜査の一線で活躍。九州部長、関東信越厚生局麻薬取締部部長などを歴任、人事院総裁賞を2度受賞。2018年に退官。著書に『マトリ』など。

デイリー新潮編集部

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