「お母さんが生きていたらどれだけ悲しむか。大麻をやめろ」という父親の言葉に胸を打たれて マトリ元部長が目撃した普通の女子大生の転落のプロセス

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 女子大生の亜紀さん(仮名)は、友人たちと沖縄旅行に行った時に勧められて経験したことから大麻にハマってしまう。ネットを介して売人と連絡を取り、いつしか常習者となってしまったのだ。

 しかしそれが家族にバレてしまう。その時、父親はどう動いたか。

 長年、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)で捜査の最前線に立っていた瀬戸晴海氏(元関東信越厚生局麻薬取締部部長)は、著書『スマホで薬物を買う子どもたち』の中で、亜紀さんから直接聞いた話を紹介している。彼女の父親に相談をもちかけられたことから、瀬戸氏は本人らに話を聞くことになったのである。前回までにご説明した通り、亜紀さんと家族の関係は良好。母親が亡くなった後、父親は男手一つで亜紀さんと妹を育ててきた。そんな父親に対して彼女は感謝の念も抱いている。が、それでも軽い気持ちで手を出したことから、大麻を常習するようになったのだ。

 娘が大麻をやっている――そんな時に父親はどう動いたのか。

 (以下、瀬戸晴海著『スマホで薬物を買う子どもたち』【第2章「わが子に限って」は通用しない(一)――真面目な女子大生が大麻に嵌るまで】をもとに再構成したものです。登場人物はすべて仮名)――。

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「お母さんが生きていたらどれだけ悲しむか」

──どうしてお父さんにバレたの?

亜紀さん:2019年の春、部屋で吸っていたのを妹に見つかったんです。春休みに入ってから虫垂炎に悩まされていました。気分を紛らわそうと部屋で“野菜”(注・大麻のこと)を吸っていると突然入ってきた妹が「おねえちゃん、何やってんの! おかしいと思ってたんだ、それマリファナでしょ! お父さんに言うからね!」と激怒。ふたつ違いの妹とは仲が良いのですが、彼女は真面目でしっかり者です。どちらが姉か分からないような感じで、私にとっては父より怖い存在です。私が「大麻は悪くないんだよ……」と言いかけたら、「うるさい!」と一蹴されました。そして、お父さんからこっぴどく叱られることになったんです。

──それで大麻をやめた。

亜紀さん:ええ、お父さんがあんなに怒ったのは初めてでした。残っていた僅かな“野菜”も捨てられました。「このままだと逮捕されて、大学も退学になるぞ!」「お母さんが生きていたらどんなに悲しむか」と涙ながらに訴えるお父さんの顔を見ていると、自分のやってきたことが恥ずかしくなってしまって……。それからまもなく、虫垂炎が悪化して手術することになりました。2週間くらい入院しましたが、その間、自分のことのように心配してくれるお父さんや妹のことを見ていて、情けない気持ちになったんです。規則正しい入院生活を続けているうちに、大麻に対する思いが自然と薄らいでいきました。理沙と香苗にも、家族に見つかったことを伝えています。二人とも「えっ、それやばいじゃん! やめちゃうか」と少しびびっていました。

──大麻を吸って体調を崩したことは?

亜紀さん:昨年(2018年)の夏休み、なんだか集中力がなくなって。全てが億劫(おっくう)で、部屋に閉じこもることが多くなりました。好きな小説も読む気がせず、物事も深く考えられない。大麻の弊害かも……と思いましたけど、でも、アルコールだってそうじゃないですか。飲み過ぎると何もできなくなりますよね。それで「大麻も使い方次第だ」と自分に言い聞かせて。回数は少し減らしたものの、やめようとは思いませんでした。お父さんから「体調悪そうだな。病院に行ったほうがいいぞ」と言われましたが、「風邪気味なだけだから」とウソをついていました。大麻が欲しくてたまらなくなるという依存症には自分ではなってないと思います。いや、欲しいのは欲しかったですね。無性に吸いたくなることもありました。

バッドトリップも

──その後、大麻は吸ってない?

亜紀さん:お父さんには内緒にしてくれますか? 実は1回だけ吸いました。新学期が始まってから学校で嫌なことがあって、香苗と会って愚痴を聞いてもらっているとき、香苗がいま流行の「リキッド」を取り出して、「ブルーな気分にはこれが一番。いいのが手に入ったんだよ。今日くらい、いいんじゃない?」と勧めてきたんです。リキッドはいわゆる“大麻オイル”のことで、電子パイプで吸うんです。最初は断りました。でも、目の前にあると誘惑されるというか、抵抗感がなくなるというか……。つい手を出してしまいました。吸ったときは、ガツンときましたね。強かったです。2~3服で意識が飛ぶほどの効き目。「ウワー!」と叫び出したくなる感覚の一方で、「ダメだよ」という気持ちが生まれました。するとバッドトリップというか、逆に憂鬱な気分になり吐き気を催して……。それを見ていた香苗は「強かったかな。ごめんね」と言うなり、パイプをしまいました。

 バッドトリップというのは、不安、抑うつ、被害妄想などを引き起こすことをいいます。大麻を摂取した際の急性作用は、個人の気分や環境などで変化します。

 亜紀さんは、覚醒剤や他の麻薬に対してはある程度の危機感を持っている。しかし、大麻に関してはアルコールやタバコと同等の位置づけで捉えている印象を受けました。これはネットだけで知識を得た、最近の若者たちの意識を象徴しています。ネットは欲しい情報だけ見ることができます。そして知らず知らずのうちに流されていくのです。

 大麻自体も、精神抑制作用や幻覚作用のある薬物ですが、他の麻薬や覚醒剤と比較すると有害性がやや低いところから「ソフトドラッグ」と呼ばれます。しかし、大麻を入り口にして、より危険な薬物との接触も生まれています。大麻が薬物使用の入り口、「ゲートウェイドラッグ」と呼ばれる所以(ゆえん)であり、最も怖い部分でもあります。米国では、「大麻使用者の26%が他の違法薬物を使い始めた」との研究結果もあるほどです。私の経験から言っても、大麻乱用者の3割近くが覚醒剤など他の薬物へ移行、または併用を始めています。

大麻は「お洒落なハーブ」?

──もう少しだけ聞かせてほしい。過去に、学校で薬物乱用防止授業を受けたことはあるよね。

亜紀さん:小学校から高校までの間に何回か受けました。薬物を乱用すると身体を壊すとか、暴力団がどうのこうのとか、様々な犯罪に繋がるとか。同じ話ばかりでしたが、覚醒剤、コカイン、危険ドラッグなどは怖いクスリだと思っています。

──大麻についてはどう思っている? 最近、芸能人やスポーツ選手だけでなく、若い人も逮捕されているね。

亜紀さん:うーん、大麻がそこまで悪いかと言われると、よく分からないんです。アメリカの多くの州やカナダでは合法化されているのに、なぜ日本ではダメなんでしょうか。ネットで検索すると「医療用大麻」や「産業用大麻」といった単語が飛び交って、大麻は医薬品としての価値が高いってことも書き込まれてるし、タバコやお酒の方がずっと身体に悪いと主張する人も少なくありません。日本の大麻取締法に「使用罪」がないということは、吸っても罰せられないということなのに、どうして持ってたら逮捕されるのか、その辺もよく理解できません。

 正直、私の経験から言っても、大麻は上手く使えばさほど健康に害はないように思います。気分を落ち着かせてくれる“お洒落なハーブ”という印象なんです。ハリウッド映画でも大麻の吸煙シーンはよく出てきますよね。個人的には、薬物乱用防止授業で聞いた話とは少し違うような気がしているんです。薬物の使用者を取り締まること自体が問題だ、使用者をいくら逮捕しても何も解決しない、というオンライン記事も読んだことがあります。日本の法律が時代に即していないといっている人もいるし、世界的な流れからしても、そのうち大麻は解禁されるんじゃないですか?

ネットの「無害論」を鵜呑みにする子供たち

 亜紀さんは、堰(せき)を切ったように大麻について語り始めました。その内容はともかく、知識量には少々驚かされました。事実、彼女が口にした大麻の医薬品としての利用や「使用罪」については、現在、国が進める大麻取締法改正の議論における中心的なテーマに他なりません。ただし、彼女の情報源はすべてネットです。そして、ネット上に散見される大麻に関しての記述は、嗜好目的の解禁を肯定する論調がほとんどで、彼女もそれに傾倒しています。「自分の経験からも大麻にはほとんど害がない」「海外では合法化で経済効果が出ている」、こういった考えに、医療用大麻や産業用大麻の話が混同されて、「大麻は有効価値が高いものだ」との論理が芽生えていく。加えて、「使用者の取り締まりに問題がある」といった一方的な見解を、その背景も理解しないまま鵜呑(うの)みにしています。「大麻に害がない」というのは大きな間違いです。さらに、医療用大麻の有効性の議論と、嗜好目的の大麻解禁は全く別次元の問題です。彼女の発言は、現在の若者が抱く大麻に関する考え方を象徴していますが、これはかなり危険な論理展開だと言わざるを得ません。

 そこで私は、彼女にこう告げました。

「大麻については色々な考えがあっていいと思う。あなたのような若い人が薬物問題に関心を持つのも嬉しい。ただ、一点だけ注意してほしいのは、大麻使用を正当化する情報だけに目を奪われることなく、根本的な部分から正確に学んでほしいということ。たしかに、カナダでは大麻が合法化された。ただし、カナダでは未成年者に大麻を売った者には禁固14年以下の罰則が科される。日本では7年以下の懲役刑だが、どちらが重いかは一目瞭然だ。薬物は規制されているから危険なのではなく、危険だから規制されているんだ。薬物がなぜ厳しく規制されているのか、専門家の話を聞いてみてはどうだろう。お父さんと一緒に勉強会に参加してほしい」

 亜紀さんは妹と共に勉強会に参加することを約束し、そこで聞き取りを終了しました。戻ってきた父親も安堵したようで、笑顔が戻っています。亜紀さんはほぼ“全面自供”という結果になりました。私の現役時代を振り返っても、ここまで綺麗に聴取できたケースは珍しいと言えるでしょう。

薬物乱用は仲間へ伝播する

 なぜ彼女が全てを話したのか、お分かりでしょうか。本人の性格が素直だったこともありますが、最大の理由は「完全に薬物使用をやめていたから」です。そして、「家族の理解」があり、「依存がほとんどない」。私が「彼女なら大丈夫だろう」と感じたのは、こうした条件が揃っていたからです。

 仮に薬物をやめていなかったら相手は話を矮小化し、少なからず嘘をつきます。覚醒剤の場合はその傾向が顕著です。そして、嘘をついたことで罪悪感が生じるのと同時に、周囲に対する猜疑心が芽生えてきます。自分のついた嘘が疑われているのではないか、と。そして、薬物を欲する自分を隠すために新たな嘘もつきます。この負の連鎖は依存症に陥っている証左でもあります。

 また、亜紀さんが大麻に嵌った経過を整理すると、現在のトレンドを象徴するような事例と言えます。SNSで知り合った仲間たちと沖縄へ行って大麻を覚える。自ら検索して正確とは呼べない膨大な大麻知識を得る。SNSで密売人と接触し、実際に大麻を購入する。つまり、全てがネット、より具体的に言えばスマホを媒介した行為です。もし彼女がひとり暮らしだったら、より深みに嵌っていたことは間違いありません。

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 ここで話が終われば、女子大生が気の迷いで大麻にハマったものの、家族の愛情もあって更生したという展開の「良い話」である。

 が、実はさらにこの話には先がある。それこそが薬物の怖ろしさを示すといってもいいだろう。

 以下、最終回に続く。

※瀬戸晴海著『スマホで薬物を買う子どもたち』新潮新書)から一部を引用、再構成。

瀬戸晴海(せとはるうみ)
1956(昭和31)年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業後、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)に採用され、薬物犯罪捜査の一線で活躍。九州部長、関東信越厚生局麻薬取締部部長などを歴任、人事院総裁賞を2度受賞。2018年に退官。著書に『マトリ』など。

デイリー新潮編集部

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