公演中止で猿之助は何を想う? スーパー歌舞伎を成立させた「陰の大功労者」とは

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 9月16日に、第一生命ホールで「長澤勝俊生誕100年~長澤勝俊の軌跡」と題するコンサートが開催される(日本音楽集団第240回定期演奏会)。

 長澤勝俊(1923~2008)の名を知るひとは、かなりのクラシック通、もしくは邦楽系の音楽ファンだろう。だが、この名前を見て、深い感慨をおぼえるというひとがいる。

「実は、今年生誕100年を迎えた長澤勝俊さんこそ、いま、いろんな意味で話題になっているスーパー歌舞伎の、陰の大功労者なのです」

 そう語るのは、ベテラン演劇記者である。

「猿之助騒動で、来年2~3月のスーパー歌舞伎II『鬼滅の刃』は、公演中止が発表されました。このスーパー歌舞伎II(セカンド)とは、いうまでもなく、先代の三代目市川猿之助(現市川猿翁)が創始したスーパー歌舞伎が元祖です。現代的なセリフと派手な舞台機構、スピーディな展開、宙乗りなどのスペクタクルで演劇史に革命をおこしました。しかし、発案当初はなかなか理解されず、実現までに5年を要したほど、三代目はたいへんな苦労をしてるんです。その突破口を開き、大成功に導いた功労者のひとりが、この長澤勝俊さんなのです」

 長澤氏とスーパー歌舞伎にはどんな関係があったのか。その前に長澤勝俊氏とはどういう作曲家だったのか、簡単に説明しておこう。

現代邦楽の創始者

「長澤先生は、〈現代邦楽〉という新しい音楽ジャンルを創始された作曲家のひとりです」

 そう語るのは、長澤氏が設立に参加した和楽器演奏団体「日本音楽集団」の副代表で、尺八奏者の米澤浩氏である。長く長澤作品を演奏してきたばかりか、初期スーパー歌舞伎の音楽にも参加してきたベテランだ。

「特に、笛・尺八・三味線・琵琶・二十絃箏・十七絃箏・打楽器が各1人ずつの〈現代邦楽7人編成〉を確立された功績は大きいと思います。この7つの楽器を組み合わせると、ほとんどのタイプの音楽を演奏することができるのです」

 学校の芸術鑑賞会などで、この編成の和楽器アンサンブルに接した方も多いだろう。この編成を創始したのが長澤氏だったのだ。

「長澤先生は、日本大学芸術学部で学びました。作曲の師匠は清瀬保二です。太平洋戦争では南方に出征し、終戦で帰還しています。出征の際、ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》のスコアをこっそり持って行って、上官に睨まれたと聞いたことがあります」

 戦後は、人形劇団プークでアコーディオンを弾き、記録映画の音楽を大量に担当するうち、和楽器で現代的な音楽を演奏することに興味をおぼえる。そして1964年、作曲家の三木稔氏(1930~2011)らとともに、「日本音楽集団」を結成する。当初は10パート編成だったが、その後は、三味線、箏、琵琶、胡弓、尺八、笛、太鼓、鼓などの和楽器に、笙、篳篥といった雅楽器まで加え、いまでは最大で32人編成にもなる前代未聞の「和楽器オーケストラ」となっている。ここで、〈現代邦楽〉の代表作となる《子供のための組曲》《人形風土記》《大津絵幻想》などの名曲を続々発表する。

「日本音楽集団が注目されたのは、1977~78年にかけてNHKで放映された、田村正和主演の時代劇『鳴門秘帖』でした。この音楽を三木稔さんが書き、日本音楽集団が演奏したのです。これがたいへんユニークな音楽で、三味線や箏などの和楽器なのに、聴こえてくるのは現代的な旋律や和音だった。長澤先生が、後年、スーパー歌舞伎の音楽を日本音楽集団でできると確信された、その礎になったような気がします」

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