右利きのナダルはなぜラケットを左で持つ? 「ウィンブルドン史上最高のゲーム」の舞台裏(小林信也)

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“土の王者”とも呼ばれるラファエル・ナダルはクレーコートで圧倒的な強さを誇る。パリのローラン・ギャロスで行われる全仏オープンでは2005年に初出場初優勝。以来18年間に14回優勝。うち4回は1セットも落とさなかった。現在まで、35連勝を含む歴代最多の112勝。

 ナダルが土を得意とするのは、クレーコートの多いスペインで育ったことが当然関係している。他のサーフェスに比べて球足が遅く、高く弾む。自ずとベースラインに下がって打ち合うプレーが主体になるが、ナダルはこれを守備的にしなかった。抜群のフットワークで拾いまくり、ボールを擦り上げるように打つ高回転のトップスピンを相手コート深くに突き刺す。足元の滑りやすさはスライドステップで逆に武器とした。

 昨年も35歳で栄冠を手にしたナダルは、5月28日に開幕した今年の全仏でもV15を狙う優勝候補と期待されていた。しかし大会前、「今回の全仏欠場と来季限りでの引退」を発表した。このときナダルは、ノバク・ジョコビッチと並んで「四大大会通算勝利数」のトップの座にいた。いずれも通算22勝。昨年の全豪、全仏を連覇し22勝に達したナダルに、ジョコビッチは昨夏のウィンブルドン、今年の全豪を制して追いついた。二人の最多勝争いも大きな関心事だった。

フェデラーの疑問

 かつて最多勝を誇ったロジャー・フェデラー(20勝)とナダルが、コロナ禍でツアーが中断した20年4月にチャットで対話した。その時フェデラーは「ずっと気になっていた」と、ある疑問をナダルにぶつけた。

「君は普段右利きなのに、なぜテニス・ラケットは左手で持つのか?」

 それはフェデラーがナダルに苦戦する要因でもあった。ナダルが右手でラケットを持っていたなら、もっと戦いやすい相手だった。問われてナダルは答えた。

「バスケットボールのシュートも、文字を書くのも全部右だけど、テニスとサッカーだけは左利きなんだ」

 その経緯は、『ラファエル・ナダル自伝』(実業之日本社)にも書かれている。

〈トニー(注・叔父でコーチ)は常に僕にコートで考えるようにし向けた。プレーをする上で有利なように、トニーが無理に僕を左利きに変えさせたと報道されることがあるが、それは新聞のでっちあげだ。

 本当はこうだ。僕は幼い頃にテニスを始め、ネットの向こうまでボールを飛ばせるほど力がなかったため、フォアもバックも両手で打っていた。そしてある日、「両手打ちの男子プロ選手はいないし、その第一号にするつもりもない。だから、変えなきゃだめだ」と言われた。僕にとって抵抗がなかったのは左打ちだった。なぜだか分からない〉

 少年の頃、自分の感覚で左手を選んだ。そのひらめきが、いまも続くナダルの栄光の土台となった。

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