名古屋城「エレベーター問題」に抜けている視点 なぜ“木造復元”するのか原点に返るべき

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復元の目的は歴史的空間を後世に伝えること

 現行の天守が耐震性の低下を指摘され、手を打たなければならない以上、それを木造で復元することには大きな意味がある。名古屋城天守はその規模もふくめ、木造による日本の伝統建築のひとつの到達点だった。それを精密に再現して後世に伝えることの意義は、途方もなく大きいといわざるをえない。

「焼失したものを復元しても本物ではない(からあまり意味がない)」という意見もあるが、名古屋城天守の場合、わからない部分を想像で補う復元ではない。失われたのと同じ建造物を再現することができるので、後世にいたるまで歴史的空間の正しい理解に寄与するはずである。また、それが伝統建築の最高峰である以上、復元は日本人の文化的な誇りにもつながるだろう。加えて、失われつつある伝統工法を継承するうえでも意義がある。

 すなわち木造復元は、観光客が屋内に入り、上階まで登るためではない。時代を画した歴史的空間および景観を復元し、それを築く技術とともに後世に伝えるためなのである。

価値を損なうことだけは避けるべき

 今回の討論会における差別発言が各方面から批判され、バリアフリー化のための昇降機設置に関する計画の提出が延期されてしまった。しかし、いま求められているのは、なぜ名古屋城天守を木造復元するのか、原点に返ることである。

 昭和35年(1960)に復興された小田原城天守には最上階に、史実では存在しなかった高欄つきの廻縁(手すりのついたベランダ)がある。当時の小田原市当局の、観光用にどうしてもつけたいという主張を受け、設計者がやむなくつけたのだが、取り返しがつかない誤りだった。また、小倉城天守の屋根には破風(屋根の飾り)が一切なかったが、昭和34年(1959)に復興する際、地元商工会が「破風がないと観光客を呼べない」と強く主張し、いくつもの破風が派手につけられてしまった。これも取り返しがつかない。

 名古屋市は前述したように、「様々な工夫により、可能な限り上層階まで昇ることができるよう目指」している。その姿勢は失ってはいけない。また、今後の技術の進歩により、あらたに可能なことも出てくるだろう。

 しかし、500億円ともいわれる費用を投じて復元する以上、史実と異なる部分をもうけることだけは避けなければならない。後世に伝えるべき価値が著しく損なわれてしまう。その結果、障害者が上層階に登れないなら、身体に障害がない人も同様に、登ることをがまんすればいいのである。

香原斗志(かはら・とし)
歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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