東京を人材も情報も集まる世界の「アニメ首都」にせよ――数土直志(アニメジャーナリスト)【佐藤優の頂上対決】

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 ネット配信で手軽に視聴できるようになったことから、世界中でファンが増えている日本のアニメ。このため短期間に巨大ビジネス化し、いまや3兆円産業に迫らんとしているが、その制作現場は慢性的な人手不足で、育成にも時間がかかるという。日本アニメを後退させないために、いま行うべきことは何か。

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佐藤 アニメについて、私が一番強く記憶に残っているのは、東京拘置所内での出来事です。新聞も雑誌も購読ができず、わずかにラジオのニュースだけが聞けるという日々の中で、ある日、隣の独房から宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」のせりふが断片的に聞こえてきたんです。

数土 拘置所で映画が見られるのですか。

佐藤 普通は見られません。それで看守に聞いてみたら、声を潜めて「確定者だけ」と言うんですね。

数土 確定者、ですか。

佐藤 拘置所は裁判中の未決囚が入る場所ですが、例外が一つあります。それは死刑囚です。刑が確定してもまだ執行されていないからです。

数土 では、隣に死刑囚がいた。

佐藤 はい。死刑囚の特権として月に何回かビデオで映画が見られるそうです。そして後からわかったのですが、隣にいたのは、連合赤軍事件で16人を殺害した坂口弘死刑囚でした。

数土 へぇー、彼が「千と千尋の神隠し」を見ていた。

佐藤 それを知って、アニメは死刑囚の心の安定に供することにも使われているのだと、非常に感慨深かったですね。

数土 それは他では聞けないお話です。

佐藤 私は海外生活もあって、その時代時代のアニメを追いかけることができなかったのですが、アマゾンプライムやネットフリックスが配信を始めてからはiPadでよく見るようになりました。最近は「日本沈没2020」や「雨を告げる漂流団地」などが面白かったです。

数土 ともにネットフリックスが独占配信しているアニメですね。

佐藤 どちらも、こんなことは起きてほしくないけども、起きたらどうなるだろう、と興味を掻き立てられる設定で、先の見えない時代を反映した作品だと思いました。

数土 それらを佐藤さんがご覧になったことに、ちょっと驚きました。両作品とも「千と千尋の神隠し」や大ヒットした「鬼滅の刃」に比べれば、マイナーな作品です。

佐藤 劇場やテレビではなく、配信だから見られたということが大きいですね。やはり配信によってアニメの世界は変わりましたか。

数土 大きく変化しました。特に世界中の一般の方々へ簡単に届けられるようになったことは大きい。配信によって日本アニメは巨大ビジネス化しました。いまや国内市場と海外市場が拮抗するようになっています。

佐藤 資料には、2021年の市場規模は2兆7422億円だとありました。

数土 2010年代半ばごろから、日本アニメ市場は2兆円と言われるようになっていましたが、いまや3兆円産業と言った方がふさわしい状況です。それをけん引しているのが海外市場で、国内が1兆4288億円、海外が1兆3134億円です。

佐藤 出版市場が1兆6千億円くらいですから、国内外ともそれを追い抜きそうですね。

数土 すでに40年以上前から日本アニメは人気がありメジャーだった、と言う人たちがいますが、かつての時代とは桁違いに大きな市場になっているのです。

佐藤 その背景にあるのが、動画配信サイトというわけですね。

数土 その通りです。ですから企業も活発に動いており、2021年にソニーグループは、アメリカ最大の日本アニメの配信プラットフォーム「クランチロール」を1300億円で買収しました。そしてその翌年には、同じアメリカのアニメ会社「ファニメーション」やフランスの「KAZE」を事業統合しています。もともとソニーには、アメリカにアニプレックスUSAという会社があり成功を収めていましたが、これらが一つになったことで、配信、映画配給、ライセンス管理、ゲーム開発、イベントなどを手掛けるアニメ総合企業が誕生し、寡占状態になっています。

佐藤 もともとデジタル分野は、寡占化しやすいですからね。他にも海外進出している企業はありますか。

数土 「機動戦士ガンダム」のプラモデルで大きな収益を上げているバンダイナムコは、2018年にアメリカの玩具流通会社である「ブルーフィン」を買収しています。

佐藤 派生する商品も含めて活況を呈している。

数土 昔は日本のアニメに対して差別のような区別があり、海外の大手放送局ではあまり放映しないし、ケーブルテレビでも小さなところが流していました。でもネットフリックスなど配信会社は、IT企業ということもあって、メジャーな感じのするタイトルから並べていったんですね。そうしたら、日本のアニメは自分たちが考えるよりよく見られていることに気が付いた。そこで力を入れてみたら、みんなが食いつき、世界中に拡散していったのです。

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