猿之助事件で澤瀉屋は香川照之の意のままに? “復讐劇”の舞台裏

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偶然を装って接触した?

 香川政明、のちの團子である。テレビや映画で人気を得ていた香川は、自身の血統に改めて目を向けるようになった。著書の中でもこう記している。

〈私には自分の息子に父親としての生き様を見せ、跡継ぎの系譜を残す使命がある〉(『日本魅録』)

 使命に目覚めた香川は当初、歌舞伎の道にも歩を進めるべく、継母に当たる藤間を頼った。が、藤間は、

「“甘い世界ではない”と言ってこれを一蹴、以後、香川の梨園進出に一貫して反対した」(先の関係者)

 だが、不惑を過ぎた香川はかつてと違い、老獪さを身に付け始めていた。

「いとこの亀治郎(当時)さんに目をつけたのです。香川さんは、菩提寺・上野寛永寺で祖父にあたる三代目市川段四郎夫妻のお墓参りをした際、亀治郎さんと偶然ばったり墓前で出会って付き合いが始まったといわれます。以後、意気投合したのだと。でも本当は、事前に祖父母の命日を調べ、偶然を装って亀治郎さんと接触する機会を作ったのかもしれません」

 これぞ寛永寺の計――。

ペットまで“処分”

「やがて二人は利害が一致する、ある“計画”を立てます。香川さんが中車を襲名し、亀治郎さんが四代目として猿之助を継ぐ。亀治郎さんは結婚せず、子どもを作ることもないから、いずれ(五代目)猿之助の名跡は團子さんに戻すという話で折り合ったのです」

 ここで潮目は変わった。

「09年に紫さんが85歳で世を去って“障壁”が消えた。三代目は病の床にあったわけで、二人が三代目に引退を納得させるのは造作もなかったでしょうね」

 かくて12年6月、四代目猿之助、中車、團子の同時襲名式が挙行されると、

「香川さんは、三代目や紫さんと縁のあるスタッフを排除していきました」

 それだけではない。

「紫さんのペットまで処分しようとしたそうです。今回の自殺未遂事件の直前、四代目猿之助が一門の弟子たちに“お前らは家畜だ”と暴言を吐いていたと女性誌に書かれましたが、苛烈さは香川さんも同じです」

 それは「血」ゆえか。

「さらに香川さんは、東京・世田谷の豪邸で所有者である三代目と同居を始めます。が、半年とおかず父親が家を出て、今は賃貸マンションで古参スタッフに面倒を見てもらっている状況です」

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