「小学生向けの暗算本」が5カ月で40万部超え……担当編集者もびっくりした“意外な読者層”とは

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認知症予防には最適

「発売直後は、通称〈教育店〉と呼ばれる、教育書に強い書店さん――たとえば、紀伊国屋書店の玉川高島屋店や流山おおたかの森店、三省堂書店の経堂店などの学参書売場で、なかなかいい初速だったんです。そこで、一般話題書のコーナーでも展開してもらいました」

 すると、とたんに売れだした。これは学参書の枠を超えて広げられると、全国で本格的に展開することになった。以後は、増刷につぐ増刷となる。

「しかし、そのうち、ちょっと変だなと思いました。学参書売場ではなく、一般話題書のコーナーで売れだしたということは、少なくとも買っているのは、もう小学生とは思えない。いったい、誰が買っているのだろうと、途中から読者ハガキを入れてみたんです」

 そうしたところ、驚くべきことがわかった。

「なんと読者は、60歳代後半~70歳代のシニア層だったんです。やがて読者からの電話も来るようになりましたが、少なくとも私自身が受けた電話は、すべて70歳代前後と思われるおばあちゃんでした。電話では、小学生の親からの声はまったくありません。すべてシニアなんです」

 最初は、おばあちゃんが孫の勉強のために買っているのだろうと思っていた。

「孫のためというよりは、みなさん、一般話題書のコーナーで見つけて、ご自分のために購入されています。でなければ、40万部超などという数字にはならないと思います」

 ではなぜ、シニアが、いまさら〈暗算〉に挑むのか。

「やはり、一種の脳トレ、認知症予防として楽しまれているんです。もともとパズル好きだという方も多かったです」

 やはりシニアは年の功、自分に役立つツールを見出だす能力があるようだ。

 それにしても、この本には、どんな〈脳トレ〉秘伝が隠されているというのか。吉田さんに、ほんの一部だけ、教えてもらった。

「まず最初に〈さくらんぼ計算〉で準備運動をします。基本の繰り上がりの足し算です。どれも簡単ですが、けっこう数があります。これに慣れたら、〈おみやげ算〉に入ります。後ろの2桁の一の位の数字を前の2桁に〈おみやげ〉としてわたしていきます。これも数段階あって、ものすごくシンプルなところからはじめて、次第にレベルアップし、完成形にたどりつけるようになっています。段階ごとに、大人だと少しくどいと感じるほど多くの練習問題をこなしていきます」

 実は、この〈くどい〉と感じることもポイントなのだという。

「子供は、簡単な練習問題をこなしながら、そのたびに〈できる〉〈できる〉〈できる〉と何度も納得し、やがて〈自分にできないことはないんだ〉との自信をもつようになります。本書は単なる〈暗算〉指南本ではなく、自信を身につける本でもあるのです」

 ところが、〈できる〉と感じて自信を得たのは、小学生だけではなかった。

「シニアの読者は『この年齢になってから、新しいことが身につくとは思ってもみなかった』と言っています。リタイアすると、いろいろな縁も切れがちです。だけど、この暗算術のおかげで自信がついた、しかも脳トレで認知症予防にもなる。そんな思いが、口コミで広がったようです」

 シニアのみなさん、これからは2桁×2桁の計算くらい、スマホの電卓アプリでなく、〈暗算〉でできてこそ、認知症予防になるみたいですよ。

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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