ジェンダーレスをフックにミキモトを進化させる――中西伸一(ミキモト社長)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

ゼロエミッション型養殖

佐藤 ミキモトの特徴は、生産から販売まですべて自社で行っていることです。特殊技能が要求される人材も育てていかなければなりません。

中西 まず真珠の養殖、生産に携わっている人たちがいます。それから工場の職人、デザイナーがいます。

佐藤 やはりデザイナーは美術大学卒業者から採用しているのですか。

中西 ええ、東京藝術大学をはじめとする美術系の大学から採用しています。いま20名ほどいます。彼らにはテーマを与えて絵を描いてもらい、その中で徹底的にミキモトのスタイルを教えます。この期間がけっこう長いですね。

佐藤 それでミキモト独自の世界が出来上がる。

中西 職人の場合は、さまざまな技能が要求されます。簡単な作業から習熟度を上げていって、一人前になるのに10年くらいかかります。

佐藤 それは外務省の通訳も同じで、だいたい10年です。

中西 このためクオリティーコントロールは世界一だと思います。品質でお客さまを裏切ったことはないと自負しています。

佐藤 生産からだと、大変なのは自然が相手であることではないですか。2019年にアコヤ貝が大量死したそうですが、影響はいかがですか。

中西 影響は続いています。養殖真珠はアコヤ貝の母貝に核を入れ、海で育てて作りますが、その母貝が小さいうちに死んでしまうのです。最近、その原因がようやくウイルスだとわかりました。

佐藤 地上もウイルスでたいへんなことになりましたが、海でも厄介なウイルスがまん延している。

中西 これにはさまざまな原因があるようです。地球温暖化で水温が上がったことや、太平洋を流れる黒潮が日本沿岸に張り付いていることがあります。それで新たなウイルスがやって来た。まだ万全な対応策はなく、方法を探っているところです。

佐藤 ウイルスが入ってきたのは、三重県ですか。

中西 はい。三重県にある私どもの養殖場は被害を受けましたが、もう一つある福岡県博多沖の養殖場は大丈夫です。ただ現在、日本で一、二を争う量の真珠を生産しているのは愛媛県なんですね。ここでも多大な被害を受けています。

佐藤 愛媛県の被害はミキモトにも影響がありますか。

中西 ミキモトでは品質の高い真珠を三重県を中心に産地を問わず仕入れていますので、全国的なアコヤ貝の斃死(へいし)は大きなダメージです。

佐藤 アコヤ貝は食べることもできますね。以前、三重県でいただきましたが、なかなかおいしかったです。

中西 特に貝柱ですね。アコヤ貝は捨てるところがありません。真珠を作るコンキオリンというタンパク質は、抗酸化作用や保湿作用があり化粧品になりますし、貝殻はカルシウム剤や堆肥になります。

佐藤 排出物ゼロを目指したゼロエミッション型の真珠養殖をされているそうですね。それはいつ始まったのですか。

中西 2009年からです。私どもの養殖場2カ所では、完全ゼロエミッションになっています。

佐藤 こちらでも未来型の経営に転換されているわけですね。中西社長は、この130周年の社長として、ご自身の役割をどのように捉えておられますか。

中西 ミキモトは昭和の時代に大きく伸長し、そこに成功体験があります。でも先ほどお話ししたように、その当時の価値観がいま通用しなくなりつつある。また右肩上がりの時代から、明日何が起きるかわからない時代になっています。ですからいま私たちは大きな転換点にいる。

佐藤 コロナもロシアのウクライナ侵攻も誰も予測できませんでした。

中西 その中で私は、成功体験のある時代のことがわかるし、かつ新しいものも好きで、いまの時代の潮流もよくわかります。ですから両方の価値観をうまく橋渡しすることが私の役割だと考えています。会社のDNAを引き継ぎつつ、これからの会社の方向性をきちんと示していく。

佐藤 中西社長は、時期は重なっていませんが、同志社大学の先輩ですね。卒業後は就職されずに渡米し、宝石鑑定士の資格を取られている。そうした異色の経歴がそこに生きてくる気がします。

中西 当時の同志社はまだ学生運動が激しく、卒業はしましたが、通算2年ほどしか通っていないんです(笑)。

佐藤 関西の学生運動は東京より10年時差がありました。

中西 私は全共闘からは距離を置いていましたが、その運動は2年時に後退しました。その時も価値観が大きく変わり、それを目の当たりにした。ちょうど私は全共闘世代と新世代の中間にあたるんですよ。

佐藤 その経験も会社を変えていくことに役立つでしょうね。

中西 御木本幸吉は、養殖真珠を「発明」しました。つまり新しいことに挑戦し、成し遂げたわけです。いまその部分が会社から薄れている気がします。今回のジェンダーレスなコレクションのように、常に新しいことに挑戦するミキモトを作っていきたいと思っています。

中西伸一(なかにししんいち) ミキモト社長
1955年兵庫県生まれ。同志社大学文学部卒。78年渡米して宝石鑑定士(GIAGG)の資格取得。82年ミキモト入社。営業畑を歩み、2001大阪支店長、05年本店営業第一部長、07年取締役本店長、15年取締役営業本部長兼本店長、17年取締役商品本部長を経て、19年代表取締役社長兼商品本部長に就任。

週刊新潮 2023年4月27日号掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。