ウクライナが恐れる「凍結された紛争」とは 領土奪還の“必要性が上昇”したワケ

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 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻は、1年以上が経つ今も「終わり」が見えてこない。侵攻開始から程ない2022年3月には停戦協議がおこなわれたものの、その後は両国ともに一進一退の状態が続いている。

 いったいこの戦争は終わるのか? 終わるとするなら、いつ、どのような形で終わるのか? 現代欧州政治と国際安全保障が専門で、戦争開始前から状況を注視してきた慶應義塾大学准教授・鶴岡路人氏は、「端的に言って、ロシアとウクライナの和平合意に基づく戦争の終結は絶望的だ」と解説する。

 何が交渉可能で、何が不可能なのか、鶴岡氏の新著『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』から要点を再編集してみた。
 
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茶番にすぎない「住民投票と称する行為」

 ロシアのプーチン大統領は2022年9月30日、ウクライナの東部・南部の四州(ルハンシク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソン)をロシア連邦に併合すると一方的に発表した。それに先立ち、それらの州で実施されていたのが、「住民投票と称する行為」である。

 ロシア政府は、住民自らがロシアの一部になることを望んでいるとして、一方的併合に突き進んだ。それが、ほとんど茶番とでもいうべきいい加減なものだったことは明らかで、このような一方的かつ違法な「併合」は、当然のことながら、国際社会で認められるものではない。

 それは、今回の戦争にどのような影響を及ぼすのだろうか。結論を先取りすれば、今回の「併合」なるものの最も深刻な影響は、ロシア・ウクライナ戦争の正式な和平合意が成立する可能性がほとんどなくなったことだといえる。

 今回の住民投票なるものは、ロシアがウクライナを侵略し、その占領地をロシアに強制的に併合するための方便として使われたものであり、どのような手続きを経たとしても、一方的に実施されてはならず、微塵の正当性もない。これが認められれば、国際秩序はいっきに流動化する。しかも、自らが占領・支配をおこなっていない地域を含めた「住民投票と称する行為」である。真面目に取り合ってはならない代物だったという他ないのである。

 そのうえでおこなわれた「併合と称する行為」に対して、G7は外相声明を発出し、「決して認めない」とした。当然である。ただ、「認めない」とは何を意味するのか。これが重要である。東部・南部四州がウクライナ領土であるとの国際法上の地位が変更されないのは当然である。「クリミアはウクライナだ」とウクライナ政府のみならずG7が主張し続けていることと同様だ。

 しかし今回、「認めない」と強調することの含意は、さらに大きい。それは、今回の「併合」なるものを受けても、ウクライナによる奪還作戦(反転攻勢)に変化はないし、国際社会も変化を求めない、ということだ。

自ら退路を断ったロシア

 それでも、「併合」なるものによって、この戦争に関して重要な変化が起きつつあることは否定できない。それは、今回の行為によって、ロシア政府(プーチン政権)とウクライナ政府(ゼレンスキー政権)の間で正式な和平合意が達成されるかたちで戦争が終結する可能性がほとんど想像し得ないものになったことである。

 国際社会からみればいかに茶番だったとしても、ウクライナ四州の「併合」なるものは、ロシア国内では正式な手続きを経て承認され、それら地域は憲法上、ロシア連邦の一部という話になった。さらにロシアは2020年に憲法を改正し、領土の割譲を禁止している。そうである以上、「併合」なるものの決定を覆すことは、ロシアにおいては難易度が極めて高い。

 実際、「併合」なるものを発表した9月30日の演説でプーチン大統領は、ウクライナに対して交渉のテーブルにつくように求めつつ、四州については交渉の対象にならないと強調した。ロシアの論理としては当然そうなる。しかし、それでは交渉が成立しない。四州のロシア帰属を承認する和平協定にウクライナが合意することは、全面降伏という状況にならない限り考えられないからである。

 他方で、今回の事態を受けてウクライナ側は、プーチン政権とは交渉しない方針を決定した。四州の一方的併合を宣言するような国とは、まともな交渉は成立しようがないという判断である。

 ロシアにとっては、自国軍によって占領・支配できていない場所を含めて領土であると主張してしまったわけであり、国際社会に対しても国内的にも、後には退けない状況になった。退路を断ったということだが、占領地域拡大の見通しは明るくなく、実態は泥沼であろう。

この戦争は「凍結された紛争」になる?

 ウクライナとロシアとの間の停戦交渉・和平交渉が成立しないとすれば、この戦争は、正式に終結することも難しくなる。その場合に考えられる最も有力なシナリオは、「凍結された紛争(frozen conflict)」になることだ。双方が疲弊することや力の均衡が成立することで、戦闘自体はどこかの時点で収束するのだろう。ただしそれは、正式な和平合意に基づくものではなく、いつでも再び不安定化し、戦闘が再開される可能性をはらんだ、戦闘レベルが一時的に低下した状態にすぎない。

「併合」なるものを強行してしまった以上、ロシアにとって「凍結された紛争」化では、当初の作戦の目標が達成されたとは主張しにくいだろう。それでも、「凍結された紛争」化によって、ウクライナの戦後復興が妨げられ、EUとNATOへの加盟も困難になるのだとすれば、ロシアにとっては必ずしも悪い結果ではない。

 それは当然のことながら、ウクライナにとっては避けるべきことである。それを回避するための唯一の方法は、力によってロシア軍をウクライナ領内から追い出すことである。この点に関するウクライナ政府の意思は明確だといえる。

 ロシア側は、「ロシア領」への攻撃には「すべての手段」で対応するとして、核兵器の使用までほのめかしているが、ウクライナにとっては、「凍結された紛争」化を避けるためにも、占領地を早期に奪還する必要性がさらに上昇したのである。ただし、すべての占領地を奪還することは容易ではない。こうして、この戦争は新たな段階に入ったのである。

『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』から一部を再編集。

デイリー新潮編集部

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