欧米はロシアとの約束を破ったのか プーチンが唱え続ける「NATOは拡大しないという約束」は本当にあったのか

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 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻から1年。今に至るまで、どう見てもロシアの行動は理不尽の連続だが、ロシアは長年にわたりNATO(北大西洋条約機構)の拡大に反対しており、プーチン・ロシア大統領は侵攻前から盛んに「NATOは拡大しないという約束をしたにもかかわらず、それを反故(ほご)にした」との主張を持ち出していた。

 このような主張は、NATO諸国を含む国際社会においても一定の支持を得ているようにも見えるが、では、そのような約束は本当にあったのだろうか?
 
 現代欧州政治と国際安全保障が専門で、NATOの歴史にも詳しい慶應義塾大学准教授・鶴岡路人氏は、この「NATO不拡大約束問題」について、1990年2月のベーカー・米国国務長官とゴルバチョフ・ソ連共産党書記長(いずれも当時)との会談にまでさかのぼって検証している。鶴岡氏の新著『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』から要点を紹介しよう。

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西側は「NATO不拡大」を約束したか

 ロシアとウクライナ、そして米欧との大きな争点の一つはNATOの拡大問題である。ロシアはウクライナのNATO加盟、つまりNATOのさらなる拡大に反対であり、これ以上拡大しないとの拘束力のある約束をNATOに求めている。この背景には、「冷戦終結時に西側はNATO不拡大を約束したものの、その約束は破られてきた」というロシアの主張が存在する。

 もっとも、ウクライナのNATO加盟は現実にはまったく進展していなかった。ドイツのショルツ首相も、開戦直前の2022年2月14日にウクライナの首都キーウを訪れた際の会見で、「議題になっていないものを大きな政治問題にするのは奇妙なことだ」と疑問を呈していた。

 しかし、プーチン大統領は、2022年2月24日のウクライナ侵攻をはじめるにあたっての演説でも、「NATOを一インチたりとも拡大しないという約束もあったが、彼らは我々を欺き、さらにはもてあそんだのだ」と述べている。ウクライナ侵攻に際して、この問題は口実に使われた側面が大きいものの、この問題へのロシアの強い執着心も窺われる。

 この問題が議論の焦点になってしまった現実を前提として、NATOが破ったとロシアが主張する「不拡大約束」とは何だったのか、今回の危機の文脈でこれをいかに理解すべきかについて検討しよう。実際この問題は、外交史研究の論点である以上に今日の国際関係に大きな影を落としている。

 冷戦後に約束を破ったのは西側だという言説は、ロシア以外にも広がっており、NATOの「さらなる拡大」阻止というロシアの主張の正当性を高める効果を持ってしまっている。そのため、あらためて経緯を確認しておくことが必要である。

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