農産物ではなく「知的財産」の輸出で活路を開け――窪田新之助(農業ジャーナリスト)【佐藤優の頂上対決】

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海外に流出した種苗

佐藤 改革の目玉だった種苗法改正も骨抜きになっているようですね。

窪田 ええ、種苗には大きく二つあります。日本ではコメやムギ、大豆など穀物の種は公的機関が育成しています。一方、野菜や花などは民間の会社です。代表的な会社であるサカタのタネやタキイ種苗は世界的企業です。

佐藤 サカタのタネの社長には、一昨年、このコーナーにご登場いただきました。

窪田 問題なのは公的機関です。これまでロイヤルティーを払うことなく農家の自家増殖を許してきたんですね。育成者権、つまりは知的財産権を蔑ろにしていた。だから法改正で許諾制に切り替えました。

佐藤 それが徹底されていない。

窪田 農水省の研究機関である農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)は許諾制にしましたが、都道府県はほとんど従来通りですね。もっともどの自治体もロイヤルティーを取る気はないんです。それでも許諾制が浸透しない。

佐藤 それは農業を振興させるためですか。

窪田 いえ、単に反発を受けたくないだけでしょう。一部の農協や運動家たちが、改正すると外国の種苗メジャーが入ってきて日本の農業がダメになると、見当違いの反対運動を繰り広げていましたから。

佐藤 結局、そうした懸念は当たらなかったですね。自治体の知的財産権に対する認識の甘さは、度重なる海外への種苗の無断持ち出しにつながっている気がします。

窪田 それも大きな問題で、種苗法改正のもう一つのポイントは、種苗の持ち出しを厳しく取り締まることでした。

佐藤 メディアではよくシャインマスカットが取り上げられますね。

窪田 シャインマスカットは農研機構が育成したブドウですが、中国や韓国に流出し、栽培されています。中国での栽培面積は日本の約29倍と推計されており、もし許諾料を3%としたなら、100億円以上になります。

佐藤 また日本で商品化されていないカンキツ類が中国で栽培され、輸出も行われているそうですね。

窪田 愛媛38号というカンキツです。これは愛媛県が育成した種苗で、一般では栽培されておらず、県の研究所にしかないはずのものでした。それが中国の広大な農地で栽培され、カナダへ輸出されています。

佐藤 勝手に持ち出されてしまった。

窪田 四川省から日本に視察に来た使節団の農業局副局長が1998年に持ち出したのです。本人がそう語っています。

佐藤 こうした事例はどのくらいあるのですか。

窪田 社団法人や研究機関などで構成する「植物品種等海外流出防止対策コンソーシアム」の調査では、中国や韓国のインターネットサイトで36種類が確認されたとしています。でも、そんな数には到底収まり切らないと思いますね。

佐藤 何らかの措置は取れないのですか。

窪田 愛媛県の場合はこの品種を登録していませんし、栽培しているところもありませんから、何もできないですね。そもそも許諾料を得るには、海外で品種登録を行わねばなりません。その期間は自国内で譲渡を始めてから6年以内です。中国や韓国で育成されているシャインマスカットや静岡県が育成したイチゴ「紅ほっぺ」など、多くはその期間が過ぎています。

佐藤 税金を投じて育種しながら、他国を利することになっている。

窪田 それだけではありません。日本の農産物の輸出機会も奪っています。さらに怖いのは、逆輸入されて日本の産地を潰してしまう可能性があることです。

佐藤 そんな例があるのですか。

窪田 日本で育種した「紅秀峰(べにしゅうほう)」というサクランボがオーストラリアから入ってきそうになったことがあるようです。これは何とか止めたと聞いています。

佐藤 しかし法律が変わったとしても、水際対策だけで種苗の持ち出しを阻止するのは難しいでしょう。

窪田 その通りです。また育成者がそれを察知しても、法的措置までには多額の費用が掛かります。それを考え合わせると、一番いい方法は、海外に栽培を許諾するパートナーを持つことです。そうすれば、彼らが現地での権利侵害について目を光らせてくれます。

佐藤 権利ビジネスにするわけですね。

窪田 長野県が開発したリンゴ「シナノゴールド」も、海外展開の可能性に気が付いた時には、もう6年の登録期間が過ぎていました。そこで「yello」という名前で世界90カ国に「商標登録」をした。そしてこの商標の使用許諾契約をイタリアの南チロルの二つの生産者団体と結びました。彼らは許諾料を払ってEU内で独占的に栽培・販売する権利を得ているわけですから、他の生産者が勝手に栽培することは許さない。

佐藤 育成者権の他にも、そうしたやり方で知的財産を守る手立てがあるのですね。

窪田 商標権は知的財産権の代表格です。私は、輸出すべきは農産物そのものではなく、こうした知的財産だと考えています。日本独自の種苗と採算システムをパックにして海外に売りこみ、現地生産させる。そこにこそ活路があると思いますね。

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