植田日銀総裁誕生の裏に“権力の興亡” 本命・雨宮副総裁が漏らしていた“本音”とは

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総裁にふさわしいか

 それから四半世紀経った2022年。夏の終わりに財務省OBに披瀝した問題意識を、雨宮は各方面に広く伝えていた。そしてそれは、結果的に、これまで財務・日銀に支配されていた「総裁選び」の構造に真正面から挑むものになった。特に財務省だ。

 政治任用だった黒田を除き、総裁を務めた大蔵省出身者は全員が事務次官経験者だ。このポストは昔、「大蔵次官にとっての天下り先ナンバーワン」と言われたように事務次官経験者の中でも最も格が高いという位置付けだった。

 次官に上り詰める財務官僚は主計局長からの昇格が大半を占める。主計局長になるには、多くの場合、局内で課長や主計官のポストを歴任する。財政を担当するセクションは政治との折衝に忙殺される。

 しかし、大物といわれる次官OBだとしても、そのような経歴が日銀総裁にふさわしいかは別問題というのが岸田や雨宮の考え方のようだ。特にグローバル化の進展に合わせ中銀トップの間での情報交換が密になればなるほど、そのコミュニティーに入っていく重要性は増す。雨宮は周辺にこう漏らしたことがある。

「事務次官をなさった方は皆それなりの人なんだけど、その方が総裁というのは少し違うんじゃないか」

もし経済運営に失敗すれば…

 日銀総裁人事をめぐるうごめきは収束した。これからはYCCをどのように「手じまい」するのか、異次元緩和の出口をどのように潜(くぐ)るのか、さまざまな副作用にどう対処するのかなど、当面の課題処理に焦点が移る。

 岸田や雨宮の意図がどこにあれ、結果的に2代続けて日銀総裁が政治任用となったことは、戦後続いてきた旧態依然たる交代ルールに終止符が打たれたことを意味する。財務次官経験者だからといって安易に総裁になれる時代ではないことも明確になった。

 しかし、もし今後5年間で日銀が経済運営に失敗したら、「旧来の秩序に戻すべきではないか」との声が強まる可能性は大きいだろう。マクロ政策の象徴的存在である日銀総裁の人事は、誰が、何を基準に決めるべきなのか――。

「統治の仕方」がどうなっていくのかという観点からも、植田体制の責任は重い。

(文中敬称略)

軽部謙介(かるべけんすけ)
ジャーナリスト・帝京大学教授。1955年生まれ。早稲田大学卒業後、79年に時事通信社入社。経済部次長、ニューヨーク総局長、解説委員長などを歴任。2020年より現職。近著に『アフター・アベノミクス 異形の経済政策はいかに変質したのか』(岩波新書)。

週刊新潮 2023年3月30日号掲載

特別読物「異例の学者抜擢 誰がどう選ぶのか 『植田日銀』誕生の裏に“権力の興亡”」より

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