「子どもが欲しい、産めますか?」 志村けんさんが晩年、夢中になった女性が明かす素顔、今でも忘れられない“胸を打つ”一言とは?

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初対面でキスされ……

 志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎のため70歳で亡くなったのは2020年3月29日のことだった。あれから3年、私生活で見せてくれた謙虚で真面目な人柄、そして寂しげな顔が忘れられない、と語る女性たちがいる。生前、いろいろな浮名を流したこともある志村さんだが、晩年に心を許した女性が二人。彼女たちが志村さんの素顔と、繰り返し語っていたという「子どもが欲しい」という思いについて明かした。

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「志村さんと出会ったのは、2017年の年明けだったと思います」

 そう明かすのは、生前の志村さんと親交のあった佐藤結衣さん(28)=仮名=である。生涯独身を貫いた志村さんの晩年の私生活で、彼女は欠かせない存在となっていた。出会いのきっかけは同年2月、結衣さんが勤務していた麻布十番のガールズバーに志村さんが来店したことだという。

「新人なので、志村さんをいきなり担当させてもらえるわけもなく、“新人が入りました”とほかのスタッフから紹介だけしてもらいました。その後、一番下っ端だったので、2階のトイレ掃除をしていたら、突然志村さんが入ってきて、私のほっぺを両手で持った状態でチューしてきたんです」

 その場で携帯電話の番号を交換。すぐさま食事の約束もし、二人は急接近していった。

「志村さんのデートの定番は十番のリラクゼーションスパから始まるんです。90分か120分コースを予約して、最初のデートではそこの個室のテレビで相撲中継を見たりして過ごし、スパから至近距離にある高級焼き鳥屋に出かけました」

“子どもが欲しい、産めますか?”

 その後も同じようにスパで集合し、近くの寿司屋で食事をする関係になるも、ある時、志村からこう叱られたという。

「志村さんが“スパには来るのにどういうことだ”と諭すようにおっしゃるんです。要は志村さんにとって、スパの個室は男女関係を結ぶ場だったんです。私はホテルでそういう関係になるものだと思っていて、それまでやんわり断っていました。ただ、私も好意を寄せていたので、そういう関係になるのはうれしかった」

 麻布十番の志村のマンションに連れて行ってもらうと、

「そこで“ツーショットを撮ろう”とキスしている写真を撮り、“子どもが欲しい、産めますか?”と聞かれて“産めます”とお答えしました。志村さんはごはんを食べる度に“結婚したい”“子どもが欲しい”と話していたので、そう答えたらとても喜んでいました。さらに、そのマンションも私に“自由に使って”と」

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