リスキリングで「中高年の再戦力化」を図れ――後藤宗明(ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事)【佐藤優の頂上対決】

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労働組合と連携する

佐藤 後藤さんが社団法人を設立された2021年と比べて、企業側の反応は変わってきていますか。

後藤 かなり違いますね。1年前は、業務で行い、その費用も給料も保証するとなると、「うちでは無理だね」という反応が多かった。いまはそれが受け入れられつつあります。

佐藤 やはり岸田政権が取り上げたことが大きい。

後藤 もちろんそれもありますが、他の要因もあります。一部の企業は、コロナ禍でリモートワークにした際、契約したオンライン講座を自由に従業員に受けさせていたんですね。すると意識の高い人ほどデジタルを学んで技術を習得する。その結果、他の企業に1.5倍くらいの給料で引き抜かれるということが起きていたんですよ。

佐藤 自社育成に失敗した。

後藤 というより、従業員に対して目的を示さず、無料でリスキリングの講座をバラまくと、能力の高い人ほどそれに取り組み、転職する可能性が高くなるということです。それがわかったので、リスキリングの目的をはっきりさせることはもちろん、昇給や昇格なども含め、学んだ人の待遇を考えないといけなくなった。

佐藤 そこはうまく制度設計しないといけないですね。

後藤 雇用の問題と直結していますからね。海外のリスキリングを調査していると、「トリパーティ・アグリーメント(三者契約)」という形がよく出てきます。三者というのは、まず財源を確保する国や自治体、それから企業、経営者。そしてもう一つは労働組合なんです。

佐藤 つまり雇用問題であることがはっきり認識されている。

後藤 オーストラリアのキャンベラ市では市バスがEV(電気自動車)化されるのですが、内燃機関の整備士がEV車の整備士になれるようリスキリングすることに、市とバス運営会社と労働組合の三者が合意しました。またポーランドでも、観光業から太陽光発電の仕事に労働移動させる取り組みを、三者契約で進めています。

佐藤 これはイタリアのムッソリーニのコーポラティズムに通じるものがありますね。

後藤 ムッソリーニですか。

佐藤 経営者が雇用を確保できず失業者を増やすのなら、監獄に入れる。でも雇用を確保するなら、労働者のストライキは認めず、その調整は国がやる。つまり国が仲介する形で経営者、労働者が仲良くやっていくという統制経済のモデルで、これがコーポラティズムだというわけです。

後藤 トリパーティ・アグリーメントは、特にヨーロッパで広まっています。もしかしたら、それが源流なのかもしれないですね。

佐藤 大本になっているのは、経済学者のヴィルフレド・パレートです。「パレートの法則」や「パレート最適」で知られ「新厚生経済学」を切り開いた人ですが、戦前は「ファシズムの理論家」とされていました。彼は、資本主義でも共産主義でもない第三の道を考えていて、それが三者経営方式なんですね。

後藤 いまはアメリカでも労働組合の活動が再び盛んになってきています。極端な資本主義からの揺り戻しで、世論調査でも6~7割が労働組合の主張を支持するようになった。昨年はアマゾンとスターバックスで労働組合が組織されました。労働組合の重要性は私も認識していて、日本でも連携できないか、模索しているところです。

佐藤 こうした世界の動きからすると、日本はまだまだですね。

後藤 これからではありますが、リスキリングの主な対象である日本の中高年の知的レベルは世界的に見てトップクラスです。そもそも識字率が99%以上なんて国は少ない。だから日本では仕事がなくなる人がきちんとリスキリングに取り組めば、間違いなく成長産業で働いていくことができます。問題は、企業側で成長事業という器が用意できていないこと、個人の自助努力であるかのように捉えられていることです。そこが正されていけば、リスキリングは大きな力になっていくと思います。

後藤宗明(ごとうむねあき) ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事
1971年神奈川県生まれ。早稲田大学政経学部卒。95年富士銀行(現みずほ銀行)入行。5年で退職し教育研修ベンチャー設立に参加。2001年に渡米し進学支援・人材育成コンサルティング会社を起業。08年帰国。米NPOアショカ日本法人設立に尽力。フィンテック企業、AIベンチャーなどを経て21年ジャパン・リスキリング・イニシアチブ設立。

週刊新潮 2023年3月16日号掲載

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