リスキリングで「中高年の再戦力化」を図れ――後藤宗明(ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事)【佐藤優の頂上対決】

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 新しいテクノロジーから取り残された社員を「技術的失業」から守る「リスキリング」。岸田政権の目玉政策になったことから一気に注目を浴びたが、日本では「学び直し」と訳されたため誤解も多く、国際標準とは違うものになりつつある。衰退企業を成長企業に変えうるこの取り組みの本来の姿と活用法。

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佐藤 「人への投資と分配」をうたう岸田政権の「新しい資本主義」で、大胆な賃上げとともに目玉政策になっているのが「リスキリング」です。昨年10月の臨時国会の冒頭、岸田総理は「5年間で1兆円」の予算をつけることを明らかにしました。

後藤 ようやく日本でも動き始めた、という感じです。リスキリングは、新しいことを学び、新しいスキルを身に付け実践し、新しい業務や仕事に就くためのものです。これによってテクノロジーの進化に伴う「技術的失業」を防ぎ、会社を衰退産業から成長産業にシフトさせることができます。

佐藤 後藤さんは早くからこのリスキリングに着目され、一般社団法人を作って、その啓発に当たられてきました。今年の通常国会でも「産休・育休中のリスキリング」を巡って与野党の攻防があり、それが大きく報じられました。この半年で一気に注目されるトピックになりましたね。

後藤 注目されるようになったのはうれしいのですが、少し誤解もあるようです。まず一つは、リスキリングの実施主体は個人でなく、会社や行政だということです。「学び直し」と訳されることが多いせいもあって、意欲ある個人がキャリアアップのために取り組む、といった見方をされることがあります。また、リカレント教育や生涯学習といったものと混同されている方もいます。

佐藤 その点が問題です。岸田総理も「主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押ししていく」と答弁していました。

後藤 個人の学び直しとは根本的に異なります。キャリアアップの学びは、個人が属している会社や組織とは関係なく、自分の人生を自身の意図した方向へ近づけていくためのもので、その延長線上には転職があります。ですがリスキリングは、これからデジタル化やAI化でなくなる仕事に就いている人たちを、会社が成長していく分野に再配置するために行うものです。

佐藤 岸田政権はリスキリングで三つの方針を掲げています。一つ目は非正規から正規へ、二つ目は転職まで一気通貫で支援する。そして三つ目にリスキリングに取り組む会社への補助率を上げる――。

後藤 一つ目はその通りですが、二つ目の転職につなげるというのは、本来のリスキリングの目的とは異なります。また転職につなげるなら、取り組む企業にとってはリスクになりますし、補助率を上げてもなかなか進まないでしょう。

佐藤 政府は個人を中心に考え、「個人への直接支援」も掲げている。そうなると意識の高い人だけの取り組みになってしまう。

後藤 そうならないよう、リスキリングは組織が業務として、就業時間内に行う必要があります。

佐藤 業務なら、産休・育休中のリスキリングという言い方自体、意味をなさないですね。どちらも休暇ですから。休暇中に仕事をしろという無理筋の話です。こういう論争をしていた与野党は、ともに根本的な部分を理解していなかったことになる。

後藤 昇給や昇格がセットになることもあるのです。そのためには、会社は何の仕事にどんな技術が必要かをしっかり伝えないといけない。

佐藤 そしてなくなる仕事から別の仕事に労働移動させていく。それはまさに私の父が体験したことです。後藤さんは富士銀行(現みずほ銀行)出身ですが、私の父もそうで、1952年に入行し、中目黒の事務センターに勤めていました。そこで電源管理の仕事をしていたのです。当時はまだ電源が安定していなかったため、電気が切れた時はボイラーを回して自家発電をしていた。だから当時は複雑な機械を操作して3日に1回、徹夜して電源を守っていました。

後藤 そうでしたか。

佐藤 でも、やがて電源が安定してきます。そうすると仕事がなくなる。そこで銀行はコンピューター電源を扱う強電の技師になるよう学び直しの機会を与えてくれたんです。

後藤 それはまさに本来的な意味のリスキリングですね。

佐藤 あの時、富士銀行が「お前はもう用済みだ」として、窓際に追いやったり、辞めさせたりしていたら我が家は大変なことになっていました。

後藤 リスキリングには、新規事業の人材を育てる「攻めのリスキリング」とデジタル化後の中高年の雇用を確保する「守りのリスキリング」がありますが、さし当たっての課題は後者で、「ベテラン中高年の再戦力化」なんです。

佐藤 それは若い世代からも支持されるでしょうね。彼らの不満は、一部のベテラン中高年が大した仕事もせずに会社に居続けることですから。

後藤 欧米企業では新しい仕事に移していくのがリスキリングだときちんと捉えられています。日本は学ぶことばかりがフォーカスされてしまっているので、さまざまな誤解が生じるのだと思います。

佐藤 だから個人の話になる。

後藤 一方、企業側にも問題はあって、彼らの移動先となる成長分野、特にデジタルを使った新しい分野の仕事をうまく作り出せないでいる。だからリスキリングに取り組んでいる会社も、次にどんな仕事をするのかを明確に示せず、「AIの講習を3カ月受けてもらう」と言うだけなんですね。指示があっても「DX化しろ」とか「AIを使って何かやれ」といった得体のしれない抽象的な話になる。

佐藤 それでは何を学べばいいかわからないですね。ただ、なくなる仕事ははっきりしています。銀行なら、これからネットバンキングが一般化して、窓口業務もATMもなくなっていく。

後藤 接客していた人たちの仕事がどんどんなくなっています。そこに店舗の統廃合が拍車をかけている。だからメガバンクも地方銀行も生き残りをかけて、リスキリングに取り組んでいます。私もいくつかの銀行とお仕事をさせていただいています。

佐藤 銀行の場合は、どの職種も能力の高い人を採用していますから、いろいろ可能性は開けてくるでしょうね。

後藤 窓口で接客をやっていた人も営業で回っていた人も、商品知識があり、法律もよく知っている。リスキリングすれば、いくらでも働ける場所はあると思いますね。

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