「すでに中国に負けている」NHK国際放送は国益になっているのか 早稲田大学教授が指摘する「公共性」の限界

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時の政権に甘い報道

 NHKが受信料を徴収する根拠としている「公共放送」という前提を疑う時期に来ているのではないか――有馬哲夫・早稲田大学社会科学総合学術院教授の問題提起については以前の記事(「日本人の半分はNHKを見ていない」という衝撃データは何を物語っているか 『NHK受信料の研究』著者が指摘する問題点)でもご紹介した。これについては、共感の声が寄せられる一方で、「そうはいっても公共放送は大切なのでは」といった意見も根強い。

 そこでさらに今回、有馬氏に「公共性」をどう考えるかについて聞いてみた。【前後編の前編】

――前回のインタビュー(受信料は政治家がNHKを支配するためのツールである)では、戦後、GHQは政治との関係が近くなりすぎることを恐れて受信料制度には反対していたのに、吉田茂総理や官僚たちの意向によって現在のような形になったという話を伺いました。また、それゆえに結局、NHKは政権に甘い報道しかできないのだ、と。

有馬:現にNHKが政権の問題点を突くような報道をしていないでしょう。政権の「疑惑」についての報道をしているので、それなりに厳しいスタンスもあるように見えるかもしれませんが、あれは単に検察や警察が動いている、あるいは野党が追及していることの後追いのレポートに過ぎません。

 新聞や週刊誌がやっているような類の調査報道で、政権の問題点を率先して暴いた事例がどれだけあるのでしょう。あれだけの記者を抱えていながら不思議な話です。

 疑惑の類に限りません。政策の問題点を指摘することがありますか? 多くの場合、政府の方針を伝えたうえで「国民への丁寧な説明が求められます」とか「問題はまだまだあります」といったどうでもいいコメントを添えるだけでは。

災害時に人々はスマホを手にする

――厳しいですね。しかし、たとえば災害報道などはどうでしょうか。やはり公共放送の存在意義があるのでは。

有馬:NHKも自らの公共性を説明するにあたって、真っ先に「安全・安心を支える」という方針を掲げています。これは災害時などの情報提供を想定したものです。

 しかしこれも前回のインタビューで指摘したように、民放との違いが明確ではありません。大きな災害が起きた際には、民放もやはり視聴率などを度外視して、災害情報を流していました。

 それ以上に根本的なことを忘れているのではないですか。

――というと?

有馬:実際に災害に遭った方ならわかるはずですが、テレビの放送などはほとんど、あるいはまったく役に立たないのです。なぜなら、大災害で電力喪失が起きてしまえば、放送を受信できる機器は使えなくなるからです。

 私は2011年の東日本大震災を宮城県で経験しました。停電がおよそ1週間続いたので、放送は一切受信できませんでした。

 あの時は中継設備も被害を受けたため、放送できたエリアも限られていたはずです。

 つまり、現状の災害放送というのは、被害に遭っていない人が被害状況を見るためのものであって、被災者たちが情報を得るためのものにはなっていません。

 経験をもとにいえば、あの時、人々が頼ったのは、携帯電話、スマホでした。つながりにくくはなっていたものの、何回か試せばメールは送れました。安否情報を確認するための掲示板にもアクセスできました。

 自分の周囲の被害状況、交通や病院や支援物資についても地方自治体や地方紙のホームページで情報を得ました。

 本当に被災者のためを思うのならば、こうしたネットの情報を充実させていく方向に努力したほうがいいのではないですか。

国際広報は中国に負けている

――地味、というと怒られるかもしれませんが、国際放送もNHKが公共性を主張する根拠になっていると思います。たしかにこれは民放がやっていない領域なのではないでしょうか。

有馬:それは事実で、日本は対外広報をNHKの国際放送に頼っています。しかし、それが国益につながっているかといえば、はなはだ疑問です。

 2020年度にNHKが国際放送に見込んだ予算は292億円でした。そのうち政府の交付金が36億円です。

 これをどう見るか。少し前のデータとして、2014年の総務省の調査(「国際放送の現状」)では、NHKの国際放送を視聴した経験を各国の人に聞いたものがあります。これによると、イギリスで4.5%、アメリカ(ニューヨーク)で4.6%、フランスで4.3%でした。この「経験」というのは、一生に1回でもあれば「ある」にカウントされています。

 この数字が決して高くないのは、中国の中央電視台の国際放送の視聴経験者と比べるとわかります。こちらはイギリスで16.2%、アメリカで12.9%、フランスで8.5%となっているのです。

 これは実感としてもわかります。というのも、私は欧米やオーストラリアに海外出張によく行くのですが、ホテルのテレビの番組表にNHKの国際放送を見たことがありません。

 BBCとCNNはたいてい入っていて、最近はそこに中央電視台が入り込んでいるのです。

 中央電視台の実体は、中国共産党のプロパガンダ機関です。当然、中国政府のプロパガンダが流されています。

 彼らは莫大な費用をかけて衛星アンテナを供与したり、あるいは各国のケーブルテレビに奨励金のようなものを出していたりしています。

 ところが、NHKの国際放送はこれと比べるときわめて甘い内容です。日本の文化、食べ物、観光地に関するものがほとんどで、日本政府の立場を世界に伝えるものではありません。中国のプロパガンダに対するカウンターの役目を担えていないのです。

――しかし、中国やロシアならいざ知らず、日本の場合、政府の立場を広めるのが正しいと言えるのでしょうか。

有馬:何でもかんでも現政権の言い分を流すことが信頼につながるのかはさておいて、日本国として定まった方針や認識はあります。たとえば北方領土、尖閣諸島、竹島については国家としての認識は定まっているでしょう。あるいは歴史認識についてもそうです。

 もちろん日本国内でこうした認識や政策に異論を唱える自由はありますが、国際放送は基本的に国の立場を代弁して構わない、というかそうする必要があります。

 そしてここでも放送ではなく、ネットを活用する方針に転じるほうがいいと私は考えています。YouTubeを充実させたほうがよほどいいのではないでしょうか。

 コストも削減できますし、効果も期待できるはずです。

 なお、コストでいえば、国内の政府広報も同様でしょう。今でも総理大臣が重要な会見を開く際には、夜7時のニュースの時間を意識することがあるようです。コロナ禍では、菅総理もそういう会見を開いていました。

 しかし、いまどき働いている人でそんな時間にテレビを見ている人がどれだけいるんでしょうか。あるいはもともと若い人はNHKの7時のニュースなんか見ていません。

 災害情報と同様、もっとネットを上手に活用したほうがいいというのが当然なのですが、その取り組みが非常に遅れています。

 やはりNHKの「公共性」を問い直す時期に来ていると言わざるを得ません。もう一つ、「公共性」の観点でいえば、協会職員の給与や、財務状況も広く国民が知っておくべきポイントだと思います。

 以下、【後編:NHKの「職員1人あたり人件費1000万円」「現金・有価証券約5000億円」をどう見るか 早稲田大学教授が危惧する巨大組織の未来】に続く

有馬哲夫(ありまてつお)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『日本人はなぜ自虐的になったのか』など。

デイリー新潮編集部

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