NHKは「公共放送」と呼べる存在なのか 早稲田大学教授の鋭い指摘

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 タマゴから電気料金まで値上げ関連のニュースが連日報道されている。

 一方で、昨秋、受信料の1割値下げの方針を発表したのはNHKだ。

「さすがはみなさまのNHKだ」と評価する向きもいるのかもしれない。

 しかし、そもそも受信料というものの正当性を考えるべきではないか、と指摘するのは有馬哲夫・早稲田大学社会科学総合学術院教授だ。公文書の研究で知られる有馬氏は、長年、放送メディアの研究にも取り組んできた。現在の放送法を制定する際に携わったGHQのスタッフらへの聞き取りも行い、貴重な証言を得ている。

 こうした研究をもとに有馬氏が執筆したのが『NHK受信料の研究』。受信料制度設立の経緯から、現行の制度の問題点までを網羅した内容となっている。

 有馬氏が考える受信料の問題とは何か。刊行を機に聞いてみた。【前後編の前編】

あいまいな「公共性」

――NHKは公共放送なのだから受信料を支払うのは仕方がない、と思っている人は多いのではないでしょうか。

有馬:そもそも支払いの義務を課している法律そのものの建付けがおかしいと私は考えていますが、その問題は置いておくとして、まず考えていただきたいのは「公共放送」とは何か、ということです。NHKは、自分たちが「公共放送」なのだから受信料を受け取る権利があると主張します。でも、「公共放送」って何でしょうね。定義できますか?

――受信料を取っている放送、ということでしょうか?

有馬:それでは話が堂々めぐりでしょう。受信料を取る放送局だから受信料を取れるのだ、と言っているのと同じです。

 受信料以外の収入で運営している公共放送は世界中にあります。オーストラリア、イタリア、フランス、韓国などでは公共放送が広告を流しています。とくに、オーストラリアは受信料を廃止してしまって「公共放送」を政府交付金で運営していますが、それでは問題があるので元に戻そうという話にはなっていません。

――では、よく言うところの「客観・公平・中立」が公共放送の条件とか?

有馬:NHKはそれに近い説明をしていますね。「いつでも、どこでも、誰にでも、確かな情報や豊かな文化を分け隔てなく伝える」ことが基本的な役割だとか、「特定の利益や意向に左右されることなく、公共放送の役割を果たしていける」といった説明をホームページでしています。

 しかし、これも変じゃないですか。

――どこがでしょう?

有馬:この理屈だと、民放は不確かな情報を分け隔てしながら伝えてもいいことになりませんか。あるいは、「特定の利益や意向に左右」されてもいいことに。

 国民の知る権利に応えること、不偏不党、表現の自由を確保すること、民主主義の健全な発達に資すること等々は、民放にも課されています。放送法は、その目的として「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」とあります。不偏不党は民放も守らなければならない。だからこそ、ときおり特定の政党に肩入れした番組が批判されるわけです。

 ことは政治に限りません。ニュースを見る限り、NHKが民放と比べて企業に厳しいということもないのではないでしょうか。番組に企業名が出ないことは多いですが、ほとんど宣伝みたいなニュースも珍しくありませんよ。

 民放がクライアントの顔色をうかがっているのは間違いないでしょうが、NHKは政権与党の顔色を異常にうかがっていますしね。

政権の意向をうかがう

――そうですか? NHKの番組は、結構「左寄り」とされることも多いと思います。それで故・安倍総理とトラブルになっていた時期もあったと記憶していますが。

有馬:政権に対して厳しい報道をすることもあるでしょうし、番組によっては左翼的なものもあるのは事実です。また、民放も放送免許を人質にとられている以上は、総務省の顔色をうかがわなくてはなりません。

 しかし、NHKの場合は、民放以上に総務省、政府に忖度をしなければならない強い動機があります。それが受信料です。

「NHKは受信料で運営されているからこそ報道が中立で信頼できる」と考えている人もいるでしょうが、私は「NHKは受信料で運営されているからこそ政権の意向や経営委員が前にいた企業の利害に左右される」というほうが正しいと考えています。

――それでも特定の企業の宣伝はしないと思いますが……。

有馬:そうでしょうか。たしかに民放は企業名や店名、商品名を番組内で伝えることに抵抗がないので、宣伝につながる内容がNHKよりも多いのかもしれません。

 しかし、NHKもニュースで特定企業のスマホの最新機種の発売などは平気で伝えますよね。また、自分たちが関わる有料イベントやら刊行しているテキストやらはどんどん宣伝しています。

――だんだん「公共性」というものがわからなくなってきました。

 有馬:無理もないことなのです。この問題は総務省の検討会などでもずっと議論されていて、きちんとした答えが出ていないのです。2020年11月の「公共放送の在り方に関する検討分科会」では構成員の新美育文氏が、受信者に契約を締結することを強制する以上は、「公共放送とは何ぞやということをきちんと議論しないといけないのではないか」と問題提起をしています。

 他の受信料関係の検討会の議事録でも、歴代の構成員は常に「NHKの言う公共放送とは何か」という問いを発しています。

 逆に言えば、その問いへの正解が定まっていないということです。

 繰り返しますが、公共放送だからテレビを持っている人が全員、受信料を払うなどという制度は世界的に見てもスタンダードではありません。このようになったのは、制度導入時の政権側の思惑、端的に言えば吉田茂総理と当時の官僚にとって都合が良かったからです。国民のためではなく、当時の政府のために導入されたのです。

【後編:受信料は政治家がNHKを支配するためのツールである】に続く

有馬哲夫(ありまてつお)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『日本人はなぜ自虐的になったのか』など。

デイリー新潮編集部

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