日本の刑務所は、アルカトラズより劣悪? 留置場、入管施設で死亡事件が(古市憲寿)

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 サンフランシスコのアルカトラズ島へ行ってきた。脱獄が極めて困難な刑務所があった場所として名高い島で、あのシカゴのギャング王、アル・カポネも収監されていた。

 だがアルカトラズ島が連邦刑務所として使用されていたのは、1934年から1963年にかけて。わずか30年足らずである。あまりにも維持費が高額だったからだという。確かに食料や水を運搬するだけでも相当なコストがかかる。

 現在はサンフランシスコ屈指の観光地。33番埠頭から、フェリーに乗って約15分でアルカトラズ島へと到着する。島では自由行動だが、日本語にも対応した音声ガイドが優秀。刑務官や囚人目線のドラマ仕立てで刑務所の歴史を案内してくれる。国立保養地の一部でもあり、自然豊かな場所だ。

 アルカトラズというと、凶悪犯の収容された厳格な刑務所という印象を持つ人も多いと思う。だがモデル刑務所でもあり、処遇は悪くなかった。図書室はあるし、土日には庭で野球を楽しむ囚人もいた。食事もおいしかったという。

 ネルソン・マンデラが残したこんな言葉がある。「投獄されずして、国家を真の意味で理解することはできない。国家は、どのように高等市民を扱うかではなく、どう下等の人々を遇するかで判断されるべきだ」。要は、刑務所を見ればその国がわかる、ということだ。

 たとえばノルウェーのハルデン刑務所は、「世界一人道的」とも称される。個室にベッドやテレビ、冷蔵庫、シャワーが備え付けられていて、さながら学生寮のようだ(ノルウェーの友人は「寮よりもいい」と愚痴をこぼしていた)。危険度が低いと判断された受刑者は、個室で恋人や配偶者と面会することができ、シーツやコンドームも用意されている。

 翻って日本はどうだろうか。2022年末、愛知県警岡崎署の留置場で、公務執行妨害の容疑で逮捕された男性が死亡した。

 報道によれば、男性が勾留中に暴れたため、警察は130時間もベルト型の手錠で拘束、足で蹴ったり、便器に男性の頭を入れたまま水を流したりしたという。男性には糖尿病の持病があったにもかかわらず、薬も与えられなかった。

 まだ裁判を経てもいない「容疑」がかかっただけの男性に対して、まるで北朝鮮やグアンタナモのような処遇が行われていたわけだ。男性には精神疾患があったということだが、それなら病院と連携するなど方策はあっただろう。

 一般的に日本は住みやすい国といわれる。総じて食事のレベルは高く、サービスの質もまあまあで、治安もいい。人権意識も上がってきている。だが「下等」と見なされた人々に対する扱いは、非常に劣悪である。入管施設でも外国人の死亡事件が複数回起こっている。

 この国は、有名人のちょっとした軽口ではすぐ炎上騒ぎになるのに、岡崎署の死亡事件に関して、それほど人々の関心が高くないのは不思議に思える。現代日本がアルカトラズ刑務所以下でいいのだろうか。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年2月2日号掲載

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