【王将戦第2局】羽生善治のすごい揺さぶり 「プロがまず指さない俗手」で藤井聡太に勝ったワケ

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「異次元の手」は素人向き?

 持ち駒が飛車と金しかない羽生が放った一手だ。通常は終盤などの「決め」に使いたい金を早々に使ってしまうリスクはあるが、素人でも思いつかない手ではない。事実、筆者も「『8二金』ではないか」と思い、AIもそれを推奨していたから当然、そう指すのだろうと思った。

 当然、素人なりの簡単な読みでしかない。金が次に藤井の桂を食うと銀が下がって取るので桂が成り込んで多少駒を損しても藤井玉が反対側に逃げにくくなる。桂成らずなら金銀両取がかかる、銀を食って金で取られても飛車を打ち込める藤井玉の(藤井から見て)右側を守っている形が崩れる、くらいだ。

 新聞でも「8二金」を中心に、谷川十七世名人の「藤井王将の持ち駒に守りに働く駒がないのも見た手。私は考えつかない」(毎日新聞)など「異次元」として羽生の一手を絶賛していた。とはいえ、それがなぜプロにそこまで称賛されるのかよくわからなかったので、福崎文吾九段(十段1期、王座1期=63)に尋ねた。

 福崎九段は「あの形で『8二金』はプロの間では俗手と呼ばれ、将来いいようになることはないと見られ、指すことはまずない。むしろアマチュアのほうが素直にそういう手を思いつくのかもしれませんね」と開口一番。

 さらに「プロは筋から入る。そういった点からも、まず指さない手です。むしろ相手側から見ると、『8二』に金を打ってきたらラッキーと考えるような手なんですよ。でもそんな俗手と見られるような手を使って揺さぶりをかけるところも、羽生さんの柔軟な頭の現われで、凄さです」と感嘆するのだ。

 羽生は局後、「8二金」について「あの場面ではゆっくりしていると攻めが切れる。筋の悪い手ですが、しょうがないと思っていました」と振り返った。「序盤は過去にもあった形で『8二金』までは考えていた」という主旨の発言もしている。

「羽生さんは早い段階で利点に気づいていたのが凄い。序盤で激しく飛車の取り合いなどをしている時には既に考えていたのでしょう。藤井さんは指されてみてから、意外に対処しにくいなと感じたのでは」(福崎九段)

スナイパーの弾、当たらず

 羽生が1時間以上を残す中、残り時間10分を切った藤井は「10連続王手」をかけるなどして猛反撃を試みた。

 高槻市の自宅で成り行きを見守ったという福崎九段は「AIの評価値は終盤、羽生さんが大きくリードしていたけど、私はそうは思わなかった。羽生玉はかなり危なかった。藤井さんが意味もなく王手を連続するはずはない。彼の王手は本当に怖いです。まるでスナイパーに狙われているような感じになってしまうんですね。羽生さんは怒涛のように攻められても、これしかないという逃げを寸分の間違いもなく実行してスナイパーの弾をかわして藤井さんに投了させました。さすがです」と話した。

 羽生の将棋は若々しかった。羽生が盤中央で「横っ飛び」させた飛車を藤井の飛車が取り、それを取った桂が飛び出す激しい第2局の序盤を見ていて、羽生の将棋がむしろ少し前の藤井の将棋のように見えた。

「あんな飛車交換、怖くて指せないですよ」と驚く福崎九段は、「羽生さんが永世七冠や国民栄誉賞の名誉もかなぐり捨てるかのように、新人棋士の如く若者に挑戦している姿は本当に素晴らしい。普通なら、功成り名を遂げて講演活動でもしてゆっくりしそうなものなのに。感服しかありません。藤井王将との歴史に残る戦いが楽しみです」と期待する。

 王将戦で7年ぶりに勝利した羽生は、「大阪のたこ焼き屋のおっちゃん」に扮して記念写真に応じた。

 第3局は1月28、29日に金沢市の東急ホテルで始まる。
(一部、敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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