「全豪オープン」を100倍楽しめる、出色のドキュメンタリー トップ選手の光と影に肉薄したNetflix「ブレイクポイント:ラケットの向こうに」

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克明に描き出される心理

 エピソード2「王座を目指して」(53分)では、テニス選手たちの厳しい日常、トーナメントに生きる悲喜交々をひと組のカップルを通じてリアルに感じさせてくれる。

 主人公は、男子のマッテオ・ベレッティーニ(イタリア)と女子のアイラ・トムヤノヴィッチ(豪)。ふたりは交際中。

 マッテオは2021年のウィンブルドン選手権で決勝に進出。決勝ではジョコビッチに敗れたが、イタリア選手として史上初のファイナリストとなった。

 アイラは昨年の大会時は世界ランキング43位。優勝を狙うには少し苦しいが、メジャー大会の1回戦を勝つことに大きな意味がある。何しろ1回戦突破で約10万豪ドル(約960万円)の賞金を獲得できる。

 全豪オープンの大会中、二人はホテルの同じ部屋に滞在している。両者が勝てばハッピーだが、一方が先に負けた時の複雑な空気、ちょっとしたことで険悪な雰囲気になる様子もカメラは捉えている。超リアルな恋愛の一光景は、ドラマとは違う、切実なインパクトを持って見る者に迫ってくる。アイラは、1回戦で格上のパウラ・バドーサ(スペイン)に善戦しながらも途中から圧倒され、敗退した。劣勢に向かう心理状態も、アイラの回想と共に克明に描き出される。

打倒ナダル

 試合後、アイラは「もう引退する」と絶望の淵で口走る。コーチがなだめ、ホテルの部屋ではマッテオが穏やかに励ます。マッテオは自分の次の闘いに集中したいところだが、そうもいかない。二人で過ごせる限られた期間は決して甘い空間ではない。

 負けた選手は、そこに留まる理由を失う。アイラは、次の大会会場に向かうため、先にメルボルンを離れた。このシーンだけを見れば残酷な光と影。アイラの悲哀ばかりが印象に残る。だが、実は彼らの競技生活は本当に浮き沈みの連続。我慢の向こうに光もある。アイラは昨年その後、ウィンブルドン選手権と全米オープンでいずれもベスト8に入ったのだ。そしてまた今大会は、膝のケガが回復しきらず、直前に欠場を余儀なくされた。

 一方、順調に勝ち進んだマッテオは準決勝でナダルと対戦する。幼いころから憧れの存在だったナダルと大舞台で対戦する感激。レジェンドを倒すイメージを明確に作れないまま、打倒ナダルは果たせずに終わった。

凄みがある

 このように、ひとつひとつのシーンやドラマが、どの瞬間も力強い現実感を伴って見る者の胸を揺さぶる。フィクションで言えばネタバレ、すでに勝負の結果はわかっているのだが、それでも引き込まれるドラマ性がこの作品にはあふれている。こう書くと、撮影が実にうまく行っているように感じるが、恐らく、撮影の舞台裏は順風満帆ばかりではないだろう。狙った選手の闘いがドラマチックな展開にならず、採用を見送った映像も山ほどあるだろう。それだけの労力と無駄を承知で、Netflixが取り組んだこの作品には、だからこその凄みがある。出色の出来と私には感じられる。それは、制作者たちの意欲とセンスだけでなく、撮影に応じた選手たちの覚悟と自然な対応の賜物でもある。撮られることが、自分のイメージにプラスになるとは限らない。だが、さらけ出すことをためらわず、受け容れている。その結果、言葉に尽くせない、彼らへの共感と敬意が見る者の中でふくらんでいく。

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