「全豪オープン」を100倍楽しめる、出色のドキュメンタリー トップ選手の光と影に肉薄したNetflix「ブレイクポイント:ラケットの向こうに」

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刺激的なプロジェクト

 私は2002年の日韓共催ワールドカップに向けて、一枚の企画書を書いた経験がある。それは、トルシエ・ジャパンに密着し、普段ファンは見ることのできないチームと選手の素顔をそのまま記録し、映し出す試みだった。

 1998年フランスW杯で、フランス国営放送が制作した密着ドキュメンタリーがある。これは日本でも放送された。この作品をヒントに企画したのが、トルシエ・ジャパンの録映像プロジェクトだった。幸い、トルシエ監督がフランス国営放送の番組に感銘を受けていたこともあり、トルシエがまず快諾してくれた。日本サッカー協会も認めてくれて、刺激的なプロジェクトが開始された。

 制作会社のエネット(当時の社名はエンジンネットワーク)のスタッフが必ずひとり、トルシエ・ジャパンに帯同する。移動のバスの中、宿舎の部屋、食堂、ミーティング、試合中のロッカールーム。とにかくあらゆる場面をカメラで記録した。それは当然、トルシエ監督の完全な理解と協力がなくてはできない挑戦だった。その映像を随時編集して、日本代表の途中経過を伝える番組にした。最終的には、岩井俊二監督の編集でDVD「六月の勝利の歌を忘れない」という作品に結実し、多くのファンに歓迎された。その作品は、日本のドキュメンタリー制作者たちにも刺激を与え、その後、あらゆる競技で同様のドキュメンタリーが作られるようになった。

圧倒するエネルギー

 私がプログラムの原稿執筆を依頼されたプロ野球・横浜DeNAのシーズン・ドキュメンタリー映画もそのひとつだ。プロデューサーは、その着想が岩井俊二さんの「六月の勝利の歌を忘れない」から得たものだと教えてくれた。その後の日本のスポーツ・ドキュメンタリーを触発したものになったのであれば素直にうれしい。

 だが、その後作られた多くの密着ドキュメンタリーには、何か物足りないところがある作品が少なくない。もちろんすべてを見たわけではない。普段は立ち入れないベンチ裏、試合中のベンチやベンチ裏までカメラで写しているのだから、興味深いのは当然だ。けれど、今回のNetflixを見ると、胸に迫る力が圧倒的なのだ。その違いの要因が何なのか? それは見て感じていただきたいところだ。日本のスポーツ文化に何が足りないのか、それが制作者の力量なのか、選手自身の凄みの違いなのか、応援する側のテンションの違いなのか。私には断定できない。ただ、「ブレイクポイント:ラケットの向こうに」には、私を捉え、圧倒するエネルギーがあったのは確かだ。

心のドラマも感じながら

 いま開催中の2023全豪オープンを見る一方で、2022の舞台裏を目撃して準決勝、決勝を観戦すれば、きっといっそう見る楽しみが深まるはずだ。

 現在までのところ、キリオスは開幕直前、ケガで欠場を発表した。日本ではたった数行のニュースにすぎないが、この作品を見た者なら、地元ファンの落胆がどれほど大きいか肌で感じることができるだろう。

 マッテオは1回戦で、ノーシードで登場した元世界1位のアンディ・マレー(イギリス)と対戦。4時間49分の激闘の末、セットカウント2対3で敗れた。4年ぶりの初戦敗退。今年は、去年アイラが味わった屈辱をマッテオが噛みしめた。今季この後、どんな巻き返しを見せるか、結果だけでなく、彼らの心のドラマも感じながら見る楽しみが増している。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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