王将戦で藤井聡太が先勝 敗れた羽生善治が「どこが悪かったのか分からない」と語った意味

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 レジェンド・羽生善治九段(52)のタイトル通算100期成るか、令和のヒーロー・藤井聡太五冠(20)が王将・初防衛か。1月8、9日の両日、静岡県掛川市の「掛川城・二の丸茶室」で、将棋ファン待望の「世紀の一戦」、第72期ALSOK杯王将戦七番勝負の初戦が行われた。結果は91手で藤井が熱戦を制した。藤井は防衛と奪取を合わせタイトル戦では無敗の11連勝と驀進中だが、各シリーズの初戦では、なぜか3連敗していた。その連敗は止めたが、局後、藤井は「そのことは意識していなかった」と語った。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

初日は長考の連続

 これで藤井の対羽生戦は8勝1敗。改めて対局の感想を聞かれた藤井は、羽生について「予想をしていない手を指されて(自分が)長考することが多くて、自分にはないものを持っていらっしゃる方だなあと」などと話した。

 一方の羽生は、藤井について「一手一手に深い読みの裏付けがあって指されているということが対局してみてわかりました」などと振り返った。

 初日朝、振り駒の結果、藤井が先手に。「早繰り銀(右の銀を3筋、4筋で前進させて攻める)」という戦法に出た。

 羽生は、藤井に唯一勝った時(王将戦リーグ)の戦法だったことから、「横歩取り(角道を開いた歩を飛車が取る戦法)」ではとの予想も多かったが、それを裏切り「一手損角換わり」を選んだ。

 この戦法は元A級棋士・淡路仁茂九段(72)の考案とされ、自ら角交換にゆく。相手は応じるだけで駒を進められる「手損」を覚悟で戦う。現在は糸谷哲郎八段(元竜王=34)や丸山忠久九段(元名人・棋王=52)が得意とするが、好む棋士は稀だ。

 初日は午前中こそ37手進んだものの、午後にはぱたりと手が止まった。藤井は39手目に1時間19分、41手目に1時間10分など大長考の連続となった。羽生も長考になり、中盤ではあるが、どちらかが少し間違えばあっという間に終局に向かう緊迫した盤面だった。

 藤井の43手目「5八銀」に対して、羽生は1時間41分も考えたまま「封じ手」に持ち込んだ。共催するスポーツニッポンの報道によれば、羽生は「(封筒を閉じる)スティック糊がなかった」と控室から対局室に戻ってきたが、記録係に「お渡ししました」と言われて再び控室に戻り見つけたという。久しぶりに2日制のタイトル戦に登場したせいではなかろうが、レジェンドも緊張していたのか。

首をかしげる羽生

 翌朝、立会人の久保利明九段(47)が開いた封じ手は、大方の予想通り「同金」だった。羽生は満を持して藤井陣の「3七」に歩を打った。初日にインターネット配信の「囲碁将棋プレミアム」で解説していた佐藤天彦九段(元名人=34)が「『3七歩』が考えられるが、勇気がいる手で難しい」としていた通りになった。

 2日目は少しずつ差が拡大する。羽生は角と藤井が捨てた飛車を持ち駒にしていたが、桂馬を駆使して玉の左右から巧みに攻めてくる藤井に対し、金や銀などの守り駒は決定的に不足していた。

 最後は飛車を敵陣に打ち込んで反撃を試みたが、藤井の落ち着いた捌きで好転せず、結局、藤井の91手目「8六銀」で、午後5時48分に羽生は投了した。

 局後のインタビューで羽生は「(一手損角換わりは)作戦の一つとしてまだ可能性があると思ってやってみた」と、意表を突く意図はなかったと打ち明けた。そして「どこが悪かったのかわからない」と盛んに首をかしげた。対局場で記者から具体的な手を示されて感想を聞かれた羽生は「そこではもう駄目だったので、もう少し前で何とかできなかったのか」などと答えていた。

 藤井との感想戦では「ああ、なるほど、それはちょっと危険かと思ったんだけど……」「ああ、そういうことだったんだ」など、次局へ向けての端緒をなんとか見出そうとする様子だった。この日、「囲碁将棋プレミアム」で解説していた森内俊之九段(永世名人資格=52)も「羽生さんのどこが悪かったのかよくわからないので、持ち帰って検討します」と話していた。

 かつて藤井に敗れた行方尚史九段(49)は「真綿で首を絞められるように、いつの間にか息ができなかった」と表現した。今回、一手でAI(人工知能)の評価値が2ケタ以上変わることはなく、微差から徐々に差がついていたことも、まさに「真綿で締める」ようだ。羽生も同じ感慨だったのではないか。どの手が悪かったのか、敗者にもはっきりしないまま勝ってしまう。これは「最強の勝ち方」ではないか。恐るべき男だ。

 今回、藤井は国民栄誉賞受賞者である32歳年上のレジェンドを「下座」に座らせての大一番を制した。

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