校正者の牟田都子が語る「最も校正に向いた鉛筆」 手に入る限りの筆記具を試してたどり着いた“相棒”

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コンプレックスだった自分の字

 自信を持てなかったのは校正の技術以前に自分の字がコンプレックスだったからだ。コンプレックスとは大げさなと思われるかもしれない。しかし、ウェブ上でのやり取りが全盛の時代に、いまなお紙の上だけで意思疎通を行う校正の仕事においては、字は声にひとしい。一音一音聞き取りやすい発声を心がけるのは無論のこと、できることなら耳に心地よい声でありたいと願うのは高望みが過ぎるだろうか。一本が缶コーヒーよりも高い外国製から銀座に本店を置く文房具店のオリジナルまで、手に入る限りの筆記具を試して、いちばんましに見えるのは小学校の6年間を共にしたのと同じ国産の、濃さは2Bという結論に達した。以来、すがるように使い続けている。

 赤字を入れるのに、摩擦熱で消して書き直すことのできるペンの使用は禁じられていた。真夏の車中に置いてあったゲラの赤字がすべて消えてしまったという話を聞いてからやはり使うまいと決めてはいるが、書く側に回ってみると推敲にこれほど便利なものはない。赤字といいながら使っている色鉛筆の軸を見れば「朱色」とあり、「入朱」するのだから朱字と書くべきだという人もいた。

 昨年からペン習字に通い始めた。この年で師を持ち学ぶ喜びを知った以上に大きかったのは、ペンを持つのも筋肉という教えだった。意のままに動かせるようになるには鍛えるのみだ。3倍大きくとはいかずとも、次の12本を使い切るまでにはもう少しましな字を書けるようになっていたい。

牟田都子(むた・さとこ)
1977年、東京都生まれ。校正者。著書に『文にあたる』、共著に『本を贈る』『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』など。

デイリー新潮編集部

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