「おでん東大」店主殺害事件 かつての“風俗街”復興のヒーロー「娘婿」が逮捕された、沖縄の深くて暗い闇

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かつての「風俗街」をアートで振興

 その美也子さんを殺めた容疑で取り調べを受けている、娘婿の許田盛哉容疑者は、新聞などでは「職業不詳」と報じられているが、栄町よりも大規模な「ちょんの間」風俗街だった宜野湾市真栄原社交街を、アートで甦らせようと試みたアートディレクター(プロデューサー)として知られていた。

 真栄原の風俗街は、2009年から2010年にかけて「お取り潰し」にあった。宜野湾市が中心になり、「浄化作戦」という美名の下、その手の店を一掃したのである。百人を超える女性たちが収入源を失い、町はゴーストタウンと化した。新たなまちづくりが求められたところ、2017年、かつての「ちょんの間」店舗の一角にアート・ギャラリーがオープンした。アーティストを発掘・紹介して作品を展示することを目的とする、「PIN-UP」と名付けられたそのギャラリーの経営者こそ盛哉容疑者だった。

「PIN-UP」は、真栄原がゴーストタウンから脱却する起爆剤になると期待され、沖縄のメディアは盛哉容疑者を囃したてるように報道したものの、同店は2020年に火事を起こして焼失してしまった。今年5月頃、盛哉容疑者のギャラリーが那覇市に再建されるという話が伝わってきた。地元メディアは、ギャラリー再建のための資金繰りが厳しく、それが今回の事件に繋がったのではないか、と推測している。

「結局はカネ」なのか

 風俗街だった真栄原を再生するヒーローと褒め称えられた人物とその妻が、同じく風俗街だった栄町のイメージ一新に貢献した母を計画的に殺した――、ともいえる事件だが、真相はまだわかっていない。取り調べで夫婦は、殺人への関与を否定しているという。

 友人のあるジャーナリストは、「結局はカネですよ、カネ。沖縄ではカネの関係が親子の関係に優るんです」と斬って捨てるが、果たしてそんな話なのだろうか。

 筆者には、かつて真栄原の風俗街のど真んなかに「チェリー」という馴染みのスナックがあった。真栄原には珍しい「飲める店」だった。「色街で飲む」というのが粋狂と思いこんでいた時期で、365日24時間営業のチェリーに何日も泊まりこんで飲み続ける、世捨て人のような泥酔客の姿を見るのも楽しかった。

 だが、チェリーは2005年の8月に、殺人事件の舞台となり閉店してしまった。経営者夫婦が女性従業員とその連れ合いに殺され、山原の森のなかに遺棄されたのである。カネ絡みの事件といわれたが、店に客がいる限りけっして帰宅させてもらえない苛酷な「労働環境」を知っていた筆者は、カネだけの話ではない、と思った。

「チェリー」の事件と「おでん東大」の事件には何の共通項もなさそうだが、筆者の頭のなかでは、亜熱帯のねっとりとした空気の中でなまめかしい笑顔を浮かべて戸口に立つ、ちょんの間の女たちの姿が浮かんでは消えている。沖縄には、我々に知りえない深くて暗い闇がある、と思わずにはいられない。

篠原章(しのはら・あきら)
評論家。1956年山梨県生まれ。経済学博士(成城大学)。大学教員を経て評論活動に入る。沖縄問題に造詣が深く、著書に『沖縄の不都合な真実』(共著)、『報道されない沖縄県基地問題の真実』(監修)、『外連の島・沖縄 基地と補助金のタブー』など。

デイリー新潮編集部

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