羽生善治九段、藤井聡太王将と32歳差の“夢の対決”へ 棋士仲間の証言で紐解く「羽生将棋の凄さ」

国内 社会

  • ブックマーク

Advertisement

 11月22日、第72期ALSOK杯王将戦挑戦者決定リーグ戦・最終一斉対局が、東京・千駄ケ谷の将棋会館で行われた。7人総当たり戦で5戦全勝だった羽生善治九段(52)は、4勝1敗で追う豊島将之九段(32)との直接対決に勝って6戦全勝とし、藤井聡太王将(五冠=20)への挑戦権を獲得した。これまで羽生と藤井の公式戦は7局(藤井の6勝1敗)。2人がタイトル戦で相まみえるのは初めてとなる。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

豊島のミス

 羽生の王将戦登場は、第65期以来7期ぶり19回目。4年前、27年ぶりに無冠になったレジェンドが、通算タイトル100期(現在99期)を目指してのタイトル戦に登場するのは、一昨年の竜王戦以来となる。将棋ファンのみならず多くの国民が待ち望んだスーパースター同士の「夢のタイトル戦」が、ついに実現することとなった。

 この日、豊島が勝利すれば、5勝1敗同士でプレーオフになる予定だった。結果的には羽生がそれを許さなかったのだが、この一局で豊島はちょっと考えられないようなミスをした。

 早々の角交換から速いスピードで進んだ序盤。羽生が居玉(いぎょく)のまま桂馬を中段に跳ねていき、大胆な攻めを見せる異例の展開で、早くから一触即発の状況になっていた。しかし、昼食休憩のあとの36手目、豊島が「3五銀」の大失着をしてしまう。それまで互角だったABEMAのAI(人工知能)による形成判断の数値も、一挙に羽生の96%優勢と打ち出した。その後、この優位は一度も揺らぐことはなく、羽生が4時間の持ち時間をほぼいっぱいに使って寄せ切った。

 実は「3五銀」から少し進むと「1七角打ち」という反撃の手があったのだが、豊島はそれを見逃したのか、結局、丸々の「銀損」となってしまったのだ。大駒を捨てて相手の玉に迫る終盤ならともかく、これだけ早い段階での重要な駒の丸損は致命的だ。豊島はすぐに気づいたようで、肩を落とす様子が見てとれた。

 ABEMAで解説を担当した深浦康市九段(50)は、「人間、誰しも失敗はありますが、あの豊島さんがまさかです。私も大失敗した時、すぐにそれに気づいて和服の背中に冷や汗が流れるのを経験しましたが、豊島さんも今そんな心境では」と推し量った。

 一時期、三冠(名人・王位・棋聖)を誇った豊島は、現在、無冠に落とされている。今回、タイトル復帰の久々の好機を逸した豊島は、「ひどいうっかり。(3五銀で)駄目にした」としょげかえった。

32歳差の「夢の対決」

 勝った羽生は、「ずっと(タイトル戦に出る)チャンスらしいチャンスもなかったですが、今回はそれが生かせて良かった」と、2年ぶりのタイトル戦登場の喜びを淡々と語った。ここまで羽生は豊島に19勝26敗で負け越していた。2018年の棋聖戦五番勝負では2勝3敗でタイトルを失い、2年前の竜王戦で豊島に挑戦した時も1勝4敗で奪還できなかった。今回は「負けてもプレーオフとは考えず、1局に集中してやろう」との思いだったという。

 来年1月の王将戦登場時、羽生は52歳3カ月である。王将戦では大山康晴十五世名人(1923〜1992)の56歳での挑戦に続く年長記録で、タイトル全体でも過去4位にあたる年齢での挑戦だ。藤井との年齢差は32歳だが、これはタイトル戦史上、最大の差ではない。大山が66歳で当時26歳だった南芳一棋王(現九段=59)に挑戦した時の「40歳差」がある。

 十段(現在の竜王)と王座のタイトル歴がある福崎文吾九段(62)は、「豊島九段のミスはちょっとかわいそうでしたが、50歳過ぎの将棋とは思えない羽生さんの勇敢な序盤に戸惑ってしまった影響では。それでも普通の棋士なら投げてしまうのを、最後まで指し切った豊島さんは立派でした。彼のファンは多いけど、今回はやはりオールドファンを中心に羽生さんを応援した人が多かったのではないのでしょうか。豊島さんには悪いけど、将棋ファンが期待する夢の対決の実現に向けて、何か見えない力も働いてしまった感じですね」と話す。

次ページ:羽生の人柄

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。