永作博美も在籍した伝説のアイドル「ribbon」 元メンバー「松野有里巳さん」が語る“結成・解散と現在”

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立派なふくらはぎ

――活動休止は松野さんがきっかけだった。

松野:当時21歳くらいですか、ずっと走り続けてきたけど、ふと立ち止まってしまったんですね。芸能界に居続ける必要もないと思ったし、それでも演劇を続けるなら劇団に入ろうかな、なんて思っていたんです。振り返ると、ribbonがなくなるきっかけは自分でしたけど、本当に正しかったのかなとも思ったこともありました。

――活動休止を、他のメンバーから責められることはなかったのか?

松野:それはないです。「何で?」とは聞かれたけど、「自信がない」と言うと心配してくれました。結局、私はribbonから離れるとテレビも見られなくなって、引き籠もってしまったんです。

――引き籠もりは2~3年続いたという。

松野:25歳の時に結婚しました。結婚して妊活したりもしましたが、しばらくすると「舞台やらないか」と演出家さんからお電話いただいたりして、ちょこちょこ舞台に出るようになったんです。

――久しぶりの舞台はやっぱり楽しかったという。

松野:人前に出るって、自分を活性化してくれるんですよ。そんな中、スポーツクラブに通っていた35歳の時に「あなた、何の仕事をしているの?」とスポーツクラブの方に声をかけられたんです。舞台をやっていると答えると、「立派なふくらはぎしてるから、スポーツインストラクターの学校に通ってみない?」とスカウトされたんです。

これまでのすべてが活かされた

松野:舞台はまさに「ライブ」でお客さまの反応で毎回違うものになるんです。それが好きだった私はスポーツジムのスタジオでのレッスンに行かせるのでは?と思い、半年間、学校に通ってみようかなと思いました。

――資格を取ってインストラクターに。

松野:最初のレッスンは、私の人生で最も緊張しました。40分とか50分のスタジオを、振り付けはもちろん、音響から空調、掃除、客入れ、客出しまで、全部自分でやるんです。脚がガクガク震えました。1年くらい緊張が続きました。

――それでも続けられたのはなぜか?

松野:来てくださるお客様の、達成感ある笑顔だったり、「楽しかったわ」とお褒めのお言葉をいただけるからです。トークも踊りも演技も、私がこれまでやって来たことがすべて活かされていると思っています。

――現在は週12本のレッスンを抱えている。

松野:コロナになって減りましたね。スタジオに入る人数の制限もありましたし、レッスンとレッスンの間には喚起もしないといけなくなりましたからね。

――現在49歳、スポーツインストラクターはいつまで続けるのだろうか?

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