なぜ金正恩の娘が登場したのか 「平壌はウワサの街」でやむにやまれぬ事情も

国際 韓国・北朝鮮

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幸せそうな指導者の姿を強調

 前述したように、平壌はウワサの街である。韓国での報道が、たちまちに広がる。金正恩は、1ヶ月も姿を見せなかった。その間に、労働新聞でしばらくぶりにミサイル発射が報じられ、米韓合同軍事演習への対抗だ、と説明された。

 この事実を、事情を知らない市民が考えると、「指導者が姿を見せないのは健康状態が悪いからだ」「多数のミサイル発射は戦争が近いからだ」「経済や食糧事情の悪化はひどいのに、ミサイルに金を使う」――などのウワサとなって流される。これを打ち消すために、ICBM(大陸間弾道弾)の発射映像を、テレビで放映せざるを得なくなったのだ。

 それなら指導者だけ登場させればいいのに、なぜ娘の姿を出したのか。金正恩だけの映像なら、「影武者ではないか」とのウワサがまた流れる。家族も一緒に映して、影武者ではないと強調する必要があったのだ。しかも、幸せそうな指導者の姿も強調できる。

 金正恩が1ヶ月も姿を見せなかったのには、理由がある。北朝鮮が今最も恐れているのは、米国が計画する、金正恩へのテロ(斬首)作戦だ。今年春には、「斬首作戦部隊の訓練が韓国で行われた」との情報が、米韓側から意図的に流された。

 この夏以来の米韓合同軍事演習でも、「斬首作戦部隊の訓練」情報が流された。これに加え、米軍のB1爆撃機やステルス攻撃機の演習参加が報じられたから、北朝鮮は「斬首作戦」の危機を真剣に受け止め、金正恩が姿を隠したようだ。金正恩は「核には核で対抗する」と述べたが、「斬首作戦を止めよ」とのメッセージだ。

北朝鮮の弱さと苦悩

 その危機が去り、米韓合同軍事演習も終わったので姿を見せたが、ICBM発射実験を行い、「斬首作戦」をするなら米国に核兵器を撃つと脅したのだ。米朝の心理戦争の展開である。その際に、娘や妻と共に姿を示したのは、「斬首作戦」で家族も犠牲にするつもりか、と「人道的対応」をアピールし、米朝交渉に応じうる立場を強調したのではないか、と米情報関係者は指摘する。

 また、米国は米中首脳会談と韓中首脳会談への不満とも分析する。北朝鮮問題を、中国が勝手に討議したのと、中朝首脳会談をせずに韓中首脳会談をしたため、メンツを傷つけられた北朝鮮の不満の表明だとも分析している。ICBM発射で中国を怒らせないように、家族写真を入れたとみる。
 
 指導者の娘の写真公表はたかが写真だが、その背後には日本が知らない北朝鮮の国内事情と、国際政治の駆け引きがある。北朝鮮の「弱さ」と苦悩を知らないと、「北朝鮮の宣伝マン」になってしまう。北朝鮮の公式報道には、必ず裏があるとの見方を忘れてはいけない。

重村智計(しげむら・としみつ)
1945年生まれ。早稲田大学卒、毎日新聞社にてソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員を歴任。拓殖大学、早稲田大学教授を経て、現在、早稲田大学名誉教授。朝鮮報道と研究の第一人者で、日本の朝鮮半島報道を変えた。著書に『外交敗北』(講談社)、『日朝韓、「虚言と幻想の帝国の解放」』(秀和システム)、『絶望の文在寅、孤独の金正恩』(ワニブックPLUS)、『半島動乱 北朝鮮が仕掛ける12の有事シナリオ』(ビジネス社)など多数。

デイリー新潮編集部

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