「氷水風呂が気持ちよすぎる」 35歳男性はなぜそこまで冷水で快感を得られたのか

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 空前のサウナブームで、「あの水風呂がたまらない」という人は多いはず。

 もちろんそれで日頃の疲れが飛び、ストレスが発散されるのならば素晴らしいのだが、冷水浴にはある種の「中毒性」もあるようだ。

 依存症医学の第一人者でスタンフォード大学教授のアンナ・レンブケ氏の新著『ドーパミン中毒』には、氷風呂に魅せられすぎた男のエピソードが登場する。

 なぜ彼は冷水にとりつかれたのか。

 普通の人ならば嫌がりそうな冷水からなぜ快感を得られるのか。

 こうしたことを説明できる実験もあるのだという。

 同書をもとに見てみよう(以下、『ドーパミン中毒』「第7章 苦痛の側に力をかける」から抜粋・引用)

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 ある日、医師のアンナ氏の前に座ったのはマイケルという35歳の男性。不動産業によって大金を得た大金持ちで、「皆にうらやましがられるほどハンサムで、愛する女性と幸せに結婚した」という恵まれた境遇にいる。

 ただし、彼には依存症体質のようなものがあった。薬物に依存していたこともあったが、妻に強く言われたこともありやめたという。

 問題は、やめたことで薬物で隠してきたネガティブな感情に悩まされるようになったことだ。そんな時、彼は別の「自分に希望を与えてくれるものと出会った」と語る。

 それが冷水だ。

 マイケルの話を聞いてみよう。

「テニスのレッスンに行こうと朝起きて……薬をやめたばかりの頃はテニスで気を散らしていたんです。テニスが終わって1時間後にシャワーを浴びたんですが、まだ汗をかいていたんです。

 コーチに言ったら、冷水シャワーにしたら?と勧められて。冷たい水でシャワーを浴びるのってちょっと辛いですが、僕の場合たった数秒で体が慣れてしまいました。シャワーから出ると驚くほど気分がよかったんです。本当にいいコーヒーを一杯飲んだ後みたいに。

 それからの数週間で、冷水シャワーの後は自分の気分が回復していることに気が付きました。そこでネットで冷水療法を検索して、氷風呂に入る人たちのコミュニティーがあることを知りました。ちょっと頭がおかしい人たちかなとは思ったんですが、僕は何かないかと必死でしたから。その人たちに倣(なら)って冷水シャワーから一歩進んで、バスタブに冷水を張って浸かるようにしたんです。そうしたら前よりもっと気分がよくなったので、もっと冒険してみようと思って温度をさらに下げるために氷を加えることにしました。10℃台前半にはなっていたと思います。

 毎朝5分から10分氷水に浸かり、もう一回夜寝る前も同じようにするというのが習慣になりました。それから3年間毎日やっていました。それが僕の回復の鍵でした」

氷風呂の快感が何時間も続く

 アンナ医師は、自分なら冷水に耐えられそうにないと思い、「どんな感じがするんですか?」と聞いてみた。

「最初の5~10秒は体が叫んでいます。『やめろ!! 殺す気か!』と。それくらい辛いです」

「そうでしょうね」

「だけど自分に言い聞かせるんですよ。これは限られた時間だけだ。これをやる価値はあるんだって。最初のショックが過ぎると皮膚が無感覚になっていきます。氷風呂を出るとすぐにハイになるんです。まさに薬物と同じですよ。(略)本当にすごい。何時間もいい気持ちでいられるんです」

 氷水浴、冷水浴自体は健康に良いという説もあり、またスポーツ選手が筋肉疲労の回復のために実践していることもあるものだ。

 プラハのカレル大学での研究によれば、冷水浴をしている間、ドーパミンは徐々にそして確実に上がり、出た後も1時間ほど高い状態を保っていたという。マイケルの「出るとすぐにハイになる」「何時間もいい気持ち」というのにはこうした理由があるのだ。

 それにしても、テレビの罰ゲームでも使われるように、本来、冷水浴や氷水浴は苦痛に感じるものなのではないか。なぜそれが快感につながるのか。

 アンナ氏はこう述べている。

「マイケルはたまたま氷水に浸かる効果を発見したが、これはシーソーの苦痛の側に力をかけることでその反対──快楽の側に行くことになる一例である。快楽の側に力をかけるのとは違い、苦痛から得られるドーパミンは間接的で、より持続的である可能性がある。(略)

 断続的に苦痛にさらされることによって、私たちの快楽と苦痛のシーソーが快楽の側に偏り、時間と共に苦痛を感じにくく、快楽を感じやすくさせるのである」

電気ショックで歓喜?

 これを裏づける実験も存在している。今では許されない類のものだが、犬の後ろ脚に電気ショックを与えるというものだ。

 当然、当初はショックを受けた犬は恐怖を示していたのだが、ショックを与え続けると、犬の振る舞いに変化が見られるようになった。電気ショックによる最初の反応(苦痛)は徐々に弱くなり、そこから解放されたあとの反応(快楽)は徐々に強くなっていったのだ。

 解放されたあとの犬は、駆け出して人に飛びかかり尻尾をせわしなく振った。研究者たちはこれを「歓喜の発作」と呼んでいたという。

寝るときも冷たく

 犬への拷問的な実験は論外として、苦痛から解放されたときに歓びを感じるというのは誰にでも思い当たることだろう。その経験があるからこそ、辛い特訓や受験勉強に耐えられるという面もある。

 ただし、こうした経験にも中毒性はあるようだ。マイケルの「冷水」愛はエスカレートしていった。彼はこんなふうに話している。

「冷水に入った時の最初のショックが強ければ強いほど出た後の高揚感が大きくなると気付いたんです。だからもっとその最初の苦痛を強くする方法を探しました。

 肉用の冷凍庫を買いました。蓋と内蔵冷却コイルがついている細長い入れ物です。そこに毎晩水を入れました。朝には表面に薄い氷が張っていて、温度は0℃くらいになります。入る時は氷を割らなくてはなりません。

 でも水というのはジェットバスみたいに動いていないと、数分もあれば体の熱であったまってしまうんですね。それで、氷風呂に入れるモーターを買いました。この方法で、入っている間ずっと凍ってしまう寸前の温度を維持できるようになりました。また、寝る時のベッド用に水が循環して冷えるマットレスパッドを購入し、最低温度で寝るようにしました。13℃くらいですね」

 ここまで話して、マイケルはニヤリと笑ってアンナ氏にこう言った。

「話していて気が付いたんですが、これって依存症みたいですね」

 もちろん、この場合の「依存症」は、それ以前に彼が陥っていたものとは明らかに違うものだ。彼は冷水によって「生きていることは気持ちのいいことなんだ」ということが思い出せるのだという。

 マイケルの場合、今のところ脳内で適切にドーパミンを放出させる手段を見つけられているといえるのだろう。13℃で寝ることの是非はさておき……。

 依存症の専門家であるアンナ氏のもとには、快楽に溺れて危険な状況になっている患者が多く訪れている。動画、ネットショッピング、酒等々。現代人にはドーパミン中毒への入り口が数多くある、とアンナ氏は警鐘を鳴らしている。

『ドーパミン中毒』より一部抜粋・引用。

デイリー新潮編集部

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