梨泰院雑踏事故で「尹政権は退陣せよ」と怒る韓国人に違和感 3つの原因を専門家が指摘

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2つのイデオロギー

 朝鮮半島が大韓民国と北朝鮮に“引き裂かれて”いるのと同じように、「韓国人自身も『資本・民主主義』と『社会・共産主義』など、『二項対立思考』を克服できない、と尹大統領も述べた」──重村氏は、こう指摘する。

 皮肉なことに、北朝鮮は“ナショナル・アイデンティティ”を獲得した。初代最高指導者たる金日成[キム・イルソン](1912~1994)が、「日本帝国主義への勝利」と儒教的全体主義で「民族的アイデンティティ(国家意識)」を確立した。

「歴史的事実はさておき、金日成は“日本帝国主義打倒”の英雄という建前でした。日本の植民地支配に反旗を翻し、社会主義国家として民族自決を成し遂げるという“神話”がナショナル・アイデンティティとして通用した時代も長かったのです。70年代の韓国では知識人を中心に、『国家としての正当性は大韓民国には存在せず、むしろ北朝鮮に存在するのではないか』という議論が盛り上がりました。その代表的人物の一人が、前大統領の文在寅氏です」(同・重村氏)

 知識人だけでなく一般の庶民にとっても、「資本・民主主義」と「社会・共産主義」の対立は重要な問題だという。

「普通の韓国人にとって、現在の大韓民国が投票や言論の自由を保障していることは分かっています。その一方で、『保守系の政治家は蓄財に励み、国民を忘れている』というイメージも広く流布しています。資本・民主主義にも共産・社会主義にも共感と疑問を感じ、『アイデンティティ喪失が、反日を求める』、『二項対立思考から抜け出せない』、同情すべき“韓国社会の悲劇”です」(同・重村氏)

メリットとデメリット

 普段から“2つのイデオロギー”で揺れ動く韓国人は、大事故やスキャンダルが発生すると敏感に反応してしまう。

 時の大統領が保守と革新のどちらであっても、「やっぱり今の大統領ではダメだ」、「こんな大事故が起きたのは大統領の責任だ」と、政権批判に直結しやすい。

「その背景には『君師父一致』の儒教的思想があります。指導者は国民の『王様』であると同時に、指導する『師匠』であり、慈愛ある『父親』との期待があります。それを大統領に期待する感情が、政治的に利用されてもいます。だが、“2つのイデオロギー”で揺れている韓国人にとって、二大政党制は親和性が高いと言えます。日本より政権交代も頻繁ですから、政治・経済システムの改革が比較的容易に進むというメリットもあるのです」(同・重村氏)

 政権交代が起きれば、大惨事に対する防止策の構築も進むだろう──韓国では、こう考える有権者も決して少なくないというわけだ。

「ただ、一方で韓国では、政治における安定性に乏しく、長期的な政策の実現にはデメリットとなります。激しく揺れ動く有権者と常に向き合う韓国の大統領は、保守でも革新でも強権志向になりやすいという点も見過ごせないでしょう」(同・重村氏)

 隣国であっても、日本と韓国で政治・社会システムを比較してみると、異なる点は非常に多い。

 深い哀悼の心を伝えるべき梨泰院の事故で、揺れ動く韓国社会をウォッチするにしても、日本人の“眼差し”には注意が必要だという。

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