作家・藤つかさと現役プロ野球選手の不思議な縁 引退試合で起こした、今も後悔する痛恨のミスとは

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「今日オレのスライダーの曲がり、悪いと思わへん?」

 2020年に「見えない意図」で第42回小説推理新人賞を受賞し、受賞作を含む短編集『その意図は見えなくて』でデビューした作家の藤つかささん。中学時代、軟式野球部に所属していた彼が引退試合で味わったほろ苦い思い出と、今もつながる不思議な縁とは。

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 1秒ほど考え、私は指を4本立てました。その時、私は情けないほど油断していました。

 その時、というのは中学3年生の夏のことです。当時、私は田舎の公立中学校の軟式野球部に所属していました。負けると引退という試合を前にしても特別緊張感が増すわけでもない、そういうチームで捕手をしていました。

 その日の試合の相手は、肩の強い捕手が率いる強敵でした。

「なあ、今日オレのスライダーの曲がり、悪いと思わへん?」

 試合前、投球練習中に自軍のエースが言いました。「今日だけスライダーのサインの時、ツーシーム投げるわ」

エースの言葉を忘れてしまい…

 スライダーもツーシームも、変化球の球種のことです。もともとスライダーはほとんど使わない球種でしたし、私は軽く応じました。

 試合は自軍のエースが奮闘し、投手戦の様相を呈していました。0対0のまま試合は進み、5回裏、相手チームの攻撃でのことです。

 2アウトランナー三塁でした。私は指を4本立てて、エースへ球種のサインを送りました。一塁も空いているし、カウントも有利、無理にストライクを取らずに外角のスライダーでバッターが打ち損じてくれたら儲けもの……という魂胆でした。

 そう、情けないことに「スライダーのサインでツーシームを投げる」というエースの言葉を、すっかり忘れてしまっていたのです。

 エースの投じたボールは右バッターの外角低め、地面ギリギリに投げ込まれました。スライダーと違う軌道を描いたボールは私のミットに収まらず、バックネットまで転がりました。三塁ランナーは悠々と生還、中学最後の試合は私のエラーのために、そのまま1対0で負けました。

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