金正日は真夜中に鹿を撃つアントニオ猪木をこっそり見ていた…平壌市民38万人を集めたプロレス興行秘話

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深夜のノロ撃ち

 アリはパーキンソン病で会話できなくなっていたし、北のこともよく知らない。なかなか首を縦に振らなかった。でも、3回目の交渉だったかな、アリが夫婦で宿泊していたニューヨークのホテルまで行くと、ついに夫婦で参加してくれることになった。その瞬間、猪木とアリは抱き合っていた。考えてみれば、猪木は特にうるさく説得したわけじゃないから、アリは猪木との友情で参加することにしたのでしょう。ギャラは1千万円。アリにしてはかなり安かったと思います。

〈イベントに参加したプロレスラーは約30名。メインイベントは、猪木vsリック・フレアー戦であった。このほか、「帰ってこいよ」で知られる松村和子らミュージシャンも駆けつけた。1日目、2日目それぞれ19万人、計38万人の平壌市民が観戦したという。この数字は、プロレス興行の世界最多観客数といわれている。〉

 初日は女子プロレスが大ウケ。逆に新日のプロレスはあまり盛り上がらなかった。猪木も「女に負けたな」と不満そうでした。でも、その日、一番盛り上がったのは、VIP席にいたアリが紹介された時でした。会場が大いに沸いて、彼の偉大さを感じたね。2日目は、むろん大トリの猪木vsフレアー戦。猪木は当時、52歳でとっくにレスラーとしてのピークは過ぎていた。それでも、あれだけ観客を喜ばせたんだから大したものです。

 私自身は、一度も会うことはありませんでしたが、常に金正日の存在は感じていました。例えば、準備段階で私が何か李種革に提案すると、大体「将軍様は全てご承知です」と応えた。それは、金正日に私の言葉が逐一、報告されていたからでしょうね。

 イベントの前夜には、こんなことがありました。夜の12時くらい、突如、労働党の幹部が黒塗りの車で、我々が宿泊していた高麗ホテルに現れた。そして、「猪木さんにお話がある。これからノロ(シカ)を撃ちに行きましょう」と。翌日はイベントだし、突然の誘いに驚いた。心配なので「僕も行きます」と言ったものの、「いや、猪木さんお一人で」と言われました。猪木は車に乗せられ、平壌郊外まで出かけてしまったのです。

 私は心配になって、ホテルで酒をガブガブ飲んで待っていた。そうしたら深夜の3時くらいかな、猪木が無事帰って来ました。聞けば、確かにノロ撃ちはしたという。でも、奇妙だったのは、猪木がノロ撃ちをしていると、遠くに一軒だけ煌々と明かりのついた屋敷があって、人影も見えたような気がしたというのです。猪木は、それが金正日だったのだろうと言っていた。つまり、金正日は猪木を間近で見たくて、ノロ撃ちに誘ったのでしょう。

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