「若者の海外旅行離れ」という空論 コロナ禍が炙り出した「ネットが普及しても海外に行きたい」という事実(古市憲寿)

  • ブックマーク

Advertisement

 15年ほど前、「若者の海外旅行離れ」という議論がはやっていた。当時の学者や評論家は、したり顔でその理由を分析していたものだ。いわく「近頃の若者は内向きだから」「ネットで全てが済んでしまう時代だから」といった具合だ。

 確かに若者の出国率が減少していたのは事実だ。1996年に24.6%を記録した20代の出国率は、2008年には18.4%にまで落ち込んでしまう。当時はちょうどインターネットの普及が本格化した頃で、簡単に世界中の情報が手に入る時代に旅離れは当然だ、という議論も違和感なく受け入れられていた。

 だが興味深いのはここからだ。その後、若者の出国率はみるみる回復するのである。2019年には、20代の出国率は30%台にまで上昇していた。さらに20代前半の女性に限れば、何と45.8%にまで達した。

 延べ人数とはいえ、かつてない割合で若者が海外旅行に向かっていたのだ。こうした現象は大きなニュースにはならない。それどころか未だに「若者の海外旅行離れ」を信じている人も多い。恐らく「若者は内向き」「若者は貧乏」といった偏見が先にあり、海外離れのデータはその補強に都合がよかっただけなのだろう。

 恣意的にデータを持ち出し、持論を展開するのは簡単だ。例えば「海外に行く若者の数は減り続けている」と強弁することも可能である。少子化で若者全体の数が減っているので、「割合」ではなく「数」で見れば、90年代よりは減少している(そもそも20代人口が約3割減なのだ)。

 2010年代に何が起こったのか。一つはLCCの普及で渡航費用がぐっと安くなった。国土交通省の調べによると、2011年に3.3%だった国際線LCCシェアは、2019年には25.8%に拡大した。

「旅行離れ」の元凶にされたインターネットも一役買ったのかもしれない。インスタグラムなどSNSの普及は、海外に行く動機を与えてくれる。この絶景を見たい、自分でも写真に撮りたい、それをアップして「いいね」が欲しい、といった具合だ。

 だが全ては2019年までの話である。2020年の新型コロナウイルス流行で、多くの国が事実上の鎖国をした。日本の若者どころか世界中の老若男女が国外に出ない時期が続いたのである。

 約2年にも及んだ壮大な人類規模の実験の結果、「いくらネットが普及しても人は海外渡航をしたがる」という当然のことがわかった。ネットで済むことも多いが、実地で体験することは現代人にとって依然として重要らしい。当面の間、海外旅行も出張も消えることはないだろう。

 しかし原油高、円安、ウクライナ情勢が重なり、近頃の航空券はやたら高い。再開のめどの立たない路線も多い。当然、若者の出国率も低迷するだろう。今度はどんな「若者の海外旅行離れ」の理由が評論家によって生み出されるのか注意して見守りたい。さすがに「ネットの普及」が理由にされることはなさそうだけど。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年10月27日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。