心のかすり傷を見事に言語化! 「初恋の悪魔」はハマる人はどっぷり浸かるぞ

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 脳内では多弁な割に、言葉として出さない。SNSでは毒舌の割に、会うと寡黙。生で排出する言葉は、時に齟齬や誤解が生じて身を滅ぼすと教えられてきた人にとって、坂元裕二の脚本は「心の代弁」。令和の針供養になっていると思う。

 また、日常で数多(あまた)経験する「心のかすり傷」も、見事に言語化。地味に傷ついているけれど、人に言ったところでどうにもならない、そんな事象にちゃんと市民権を授ける。名場面&名言集は日テレのHPに載っているから、そちらをどうぞ。全然関係ないけど、HPの書体が好き。角はないけど丸くもない。作品の特徴を表現しているようで。長々書いたが「初恋の悪魔」の話だ。

 数字はどうでもいい。日テレにしては「キャスティング最高かよ案件」であり、仲野太賀と林遣都の魅力と見せ場をがっつりメガ盛り。太賀は引き算の妙で泣かせてくるし、遣都は掛け算で笑わせてくれる。ふたりが恋愛で絡むのは、よりによって二重人格の松岡茉優。恋の三角関係(いや、二重人格だから四角?)だが、争いや奪い合いではなく、切なさとやりきれなさ優先。

 そしてバランサーとしての柄本佑。最も素直じゃない面倒臭い性格だが、彼もうっかり片思い。ドジッ子だが、一所懸命な刑事(佐久間由衣)を密かに恋慕。同僚の刑事(味方良介)に手柄を横取りされる彼女を陰ながら見守る奥ゆかしさ。

 そう、これは初恋と謳うとおり、恋愛ドラマなのだ。コンプレックスやトラウマで自らの言葉を封印したような、全身に擦過傷を負っている男女が繰り広げるラブコメディー。この軸がありながら、一話完結ご近所ミステリーに未解決連続殺人事件、冤罪事件に、警察内部の隠蔽(いんぺい)なども盛り合わせてある。刑事だった兄(最近、病んだり死んだり遁走したりの兄役が多い毎熊克哉)の転落死の謎を追うことで、太賀は兄弟コンプレックスの裏側を知る。言葉が足りないために心が通じ合わなかった家族の物語も。

 また、サスペンスとサイコホラー風味を醸しながらも、真顔で笑わせる選手権全国第1位の安田顕。遣都の隣人で元弁護士、今は作家という役どころ。ヤスケンが疑いの目を向けているのは署長の伊藤英明。なにやら秘密を抱えている様子で、息子(菅生新樹(すごうあらき))が匂う。

 てんこ盛りだが破綻はしていない。盆暮れ正月一気にきちゃってる坂元ワールドに疲れる人もいるようだが、別の意味で疲れるドラマはもっと他にある。朝に。そうそう、元監察医で町医者の田中裕子、茉優の恩人で服役中の満島ひかり、と坂元作品に不可欠なメンバーも合流。寡作の俳優も見逃せない見せ場のひとつ。

 あらすじを説明しないまま、残り十数行。好きな人はどっぷり浸かり、繰り返し観て、セリフやシーンを大声で語り尽くし、苦手な人は半眼になって口を噤(つぐ)む。それが「初恋の悪魔」。

 あとは女性を馬鹿にしたりさげすんだりする不愉快な言動の男性がほぼ出てこないことも、実は大きな特長だ。政治家はここ10年の坂元作品を全部観ておけ、と思う。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年9月29日号掲載

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