角川歴彦容疑者逮捕 対照的で「ド派手」な兄・春樹氏のコカイン逮捕劇との“ある共通点”

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派手な映画を続々製作

 当時、筆者は通信社で千葉県警を担当しており、起訴後は千葉地裁で裁判も取材した。初公判で、あたりを睥睨(へいげい)するように入廷した春樹の唇は、明らかにただれていた。コカイン吸引の影響とみられた。

 春樹が社長を辞任したことで、弟の歴彦が角川書店の社長に就任するが、役員会では逮捕前の家宅捜索段階にもかかわらず全員一致で辞任要求することを決議していた。人望には疑問符が付く。

 春樹は、1994年に1億円の保釈金を積んで保釈されると、翌1995年に出版社の「角川春樹事務所」を興す。2000年に最高裁で懲役4年の実刑が確定、八王子医療刑務所に収監された後、静岡刑務所に移監、2004年に仮出所した。

 へこたれる男ではない。出所後、2005年には戦艦大和の悲劇を描いた映画『男たちの大和/YAMATO』のメガフォンを取り大ヒットさせる。同作には反町隆史、中村獅童などが出演。広島県尾道市に実物大に近い大和の巨大な「張りぼて模型」まで作って撮影した。原作は実姉で作家・歌人の辺見じゅん(1939~2011)である。

 俳優の演技指導は、沈没時、大和の乗組員だった八杉康夫が担当した。八杉は「訪ねてきた辺見さんには『そんな嘘ばかり書くなら小説としなさい』とたしなめたんですよ」と筆者に明かしていた。映画では米軍機の大群に襲われた大和が主砲をぶっ放すが、実際は自慢の主砲は一発も撃てずに鹿児島県沖で沈められている。

 春樹は休む間もなくジンギス・ハーンをテーマにした映画『蒼き狼~地果て海尽きるまで~』(2006)の製作に取り掛かる(監督は澤井信一郎)。逮捕当時、角川書店と絶縁宣言する作家が出る中、春樹を擁護したと言われる森村誠一が原作だった。モンゴルで撮影を行い、ウランバートルまでジェット機をチャーターして報道関係者や映画評論家に取材させるという破格のPR活動も行った。筆者は当時執筆していた雑誌の編集部からの依頼でこれに乗り、ロケ現場を見学した。炎天下の砂漠で出演者が青空会見した際、製作総指揮の春樹は戦闘服のようないでたちで現れて俳優やスタッフをねぎらっていた。しかし、『男たちの大和』で稼いだ金をすべて投入したと言われる『蒼き狼』はヒットしなかった。

兄弟の逮捕劇の共通点は……

 一方、歴彦は2005年に持ち株会社とした「角川ホールディングス」の代表取締役会長となり、「KADOKAWA」と商号変更した。経営の一線を退いた後も2014年には米国系のIT企業「ドワンゴ」と経営統合した持株会社「KADOKAWA・DWANGO(現・KADOKAWA)」の相談役(2017年6月より会長)に就任していた。

 兄と同様、映画に力を入れ、『失楽園』(1997)、『始皇帝暗殺』(1998)、『沈まぬ太陽』(2009)、『零 ゼロ』(2014)等の製作総指揮を執り、アニメでは『新世紀エヴァンゲリオン』(1997~98)、『時をかける少女』(2006)などを手掛けた。

 角川文化振興財団理事長、角川ドワンゴ学園理事、日本雑誌協会理事長、日本映像ソフト協会会長などを歴任した。功績も多かったが、「ド派手な」兄にくらべれば実務派で目立たなかった。逮捕劇を報じたテレビで歴彦の姿を見て、「兄との社長交代で昔見た顔だ。懐かしいなあ」という感慨だった。

 兄である春樹の逮捕劇と共通するのは、先に部下が逮捕されていることだ。

 9月6日、KADOKAWAの芳原世幸元専務(64 )と馬庭教二元五輪担当室長(63)が贈賄容疑で逮捕された。特捜部は、彼らが完全黙秘でなければ、その供述を精査した上で歴彦の逮捕に踏み切ったのだろう。容疑を裏付ける捜査が待たれる。

 ちなみに歴彦は、将棋でアマチュア五段の腕前を持つ。特捜部の王手から逃れられるか。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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