日本人が見た「ドネツク人民共和国」 ロシア併合を目指す親露派首長の肉声、故郷の再建を望む青年の苦悩

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清掃と瓦礫撤去で月給7万円

 プシーリン氏はまた「マリウポリはアゾフスタリ製鉄所をはじめとする公害により町も海も汚れていた。がん発生率が高いのもその理由による。私とマリウポリ住民との対話では工場再建を希望しない人ばかりだった」と述べ、立地条件を生かして町をビーチリゾートとして生まれ変わらせたい意向を示した。

 ドネツク人民共和国から避難した人が戻って来ると思うか、住民の生活基盤の見通しについて聞くと、全体的に回復傾向にあるという。

「ポイントは基本的な電気や水といったインフラが回復しているかどうか。そういう場所であれば、住民は、何とかして戻ろうと頑張っている。仕事については、企業はどこも完全な形で活動することはできていない。とはいえ職業紹介所は営業していて、自分の専門分野の仕事を探して就労することはできる。あるいはマリウポリなら、町の清掃や瓦礫除去などの仕事は少なくとも月給3万ルーブル(7万円相当)と、それなりの額だ。どこかへ行くあてのある人はもう最大限出て行っていて、今はもといた場所へ戻る人が増えている」

 プシーリン氏は一貫して、ドンバスの住民はロシア連邦加盟の是非を問う住民投票を切望していると訴えてきた。9月2日、ルハンスクで行われたイベントでは、ドネツク人民共和国における投票日程は、共和国が完全に解放された後(つまりロシア支配下に置かれた後)に発表されるだろうと述べた。

 つい先日、ある20代男性に話を聞く機会があった。彼はマリウポリで生まれ育ち、現在はドネツク人民共和国南部の小さな村で避難生活を送っている。マリウポリのマンションは5月中旬に爆撃を受け、火事になった。なんとか自力で消火して荷物は運び出せたものの、それ以上住むことはできず、今は親戚宅に一家で身を寄せている。

 家族は補助金で生活している。物価が高騰する中、これからの人生をどうするべきか、迷う気持ちを吐露してくれた。「これまで仕事で何度かロシアに行く機会があったから、またロシアに行ければと思って転職サイトで何社か求人に応募したけれど、何の返事もない。僕がウクライナ国籍だから採用したくないんだと思う」と話す。

「人並みの生活をするため……」

 彼の場合、ウクライナのパスポートを生かしてヨーロッパに行こうとしても、20代男性なのでウクライナ西部の国境を越えることはできない。「ロシア経由ならヨーロッパへ行けるけど、直行便がない。中東経由だと、費用がかかりすぎる。仮にヨーロッパに行けたとしても、現地語ができないから仕事も見つからないだろうし、生活の手立てはないと思う」と、諦めモードだ。中国に出稼ぎに行くことも選択肢のひとつだが、言葉の壁に躊躇していると話す。彼は私と話しながら、候補先を出しては消して、考えを整理しているようだった。

「マリウポリはもうドネツク人民共和国の一部という扱いになったわけだから、それを生かしてロシア国籍を取ってもいいと思っている。むしろ人並みの生活をするためには取るしかないだろうね。ロシアは、マリウポリを3年以内に再建すると言っている。僕らの住んでいたマンションがいつどういうふうに再建されるのか、とても気になっている。だから、遠くに離れたくないのが本音なんだ」

 親ロシア地域では、ロシア国内に比べて簡素な手続きでロシア国籍を取ることができる。メリトポリやベルジャンスクといったウクライナ南部の町の取材でも感じたが、経済的な理由から住民がロシアのパスポート取得を希望することは、理解できる。

 西側の方が国としては豊かなのかもしれないが、そこで個人が望む職に就いて、稼げるかどうかは別問題だ。外国人となればなおさらである。現地語ができず特別なスキルもない、当面の生活資金もないとなれば、選択肢は自ずと限られてくる。特に地元がロシア支配下にある場合は、西側諸国に行った場合、情報面で蚊帳の外になったり、必要なタイミングで里帰りできないこともあるだろう。この青年も、再建にあたって住民が得られるべき権利を失うのを恐れているように思える。

 開戦から半年が経った先月24日前後には、日本のメディアでも様々な特集が組まれているのを見た。しかし渦中の人々と話していると、総括めいたことをする気持ちにはなれない。この原稿を書いている最中にも、共和国北部の小さな村が砲撃を受け13人の救命隊員が亡くなった。あらためて、半年という数字は何の節目でもないことを強く感じさせられる。

文・撮影 徳山あすか

デイリー新潮編集部

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